社会

「レジリエンス」の旗手たち 【沼野恭子✕リアルワールド】

 先日、イギリスBBC放送が2024年の「100人の女性」を発表した。13年より毎年おこなわれているプロジェクトで、21世紀における女性の地位向上をめざし、社会に大きな影響を与えた女性を100人選んでその功績を称(たた)えている。

 日本からコメディアンの渡辺直美氏と旧優生保護法をめぐる損害賠償裁判原告の鈴木由美氏が選ばれたことは、日本のメディアでも報じられ記憶に新しいが、ロシアやウクライナからも素晴らしい女性たちが選ばれているので紹介したい。

 スヴェトラーナ・アノヒナ(ロシア)は、南部ダゲスタン共和国のジャーナリストで作家。北コーカサスにおける家庭内暴力の犠牲者にシェルターや避難先を斡旋(あっせん)したり、法的・精神的援助をおこなったりしてきた。残念ながら、21年に避難所が襲撃を受け、彼女自身がロシアを去ることになったが、現在は、ダゲスタンの女性向けオンラインジャーナルの編集長を務めている。

 リリヤ・チャヌィシェワ(ロシア)は、反体制派指導者アレクセイ・ナワリヌィが率いる団体の元ウファ(ウラル山脈南部バシコルトスタン共和国の首都)支部長として、ロシア社会の汚職を調査し、公正な選挙と言論の自由のために闘ってきた活動家である。しかし21年に「過激派グループを結成した」との謂(いわ)れなき理由で逮捕され、9年半の量刑が科された。24年8月、アメリカやロシアなどの間で受刑者の身柄交換がおこなわれたが、彼女はそのうちの1人として釈放され国外に出た(極北の過酷な刑務所に入れられていたナワリヌィは24年2月に獄死したが、この身柄交換リストに入っていたという情報もある)。

 人権活動家オリハ・ルドニェワ(ウクライナ)は、ロシアとの戦争で心身ともに傷ついた人たちを支援するためのトラウマ・センターをリヴィウで開設した。センターは、義肢装具やリハビリの提供、再建外科や心理カウンセリングの実施などに携わっている。彼女は、それ以前はウクライナにおけるアンチ・エイズの慈善団体で活動していた。

 今回の「100人の女性」のテーマは、「回復力」や「しなやかさ」を意味する「レジリエンス」だった。ロシアによるウクライナ侵攻、イスラエルによるガザ攻撃など理不尽にして残虐な出来事が続いている現在、戦闘で負ったトラウマや苦しみからどうしたら立ち直れるか、あるいは悲しみに喘(あえ)ぐ他者にどう寄り添うことができるか、ということが最重要課題となっている。

 これは、現代文学の喫緊のテーマでもあり、キーワードは「ケア」であると言えよう。今年のノーベル文学賞作家である韓国のハン・ガンの主要なテーマのひとつが「回復」であることは、けっして偶然ではあるまい。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 52からの転載】

沼野恭子(ぬまの・きょうこ)/1957年東京都生まれ。東京外国語大学名誉教授、ロシア文学研究者、翻訳家。著書に「ロシア万華鏡」「ロシア文学の食卓」など。