社会

【異聞中国トレンド】街中に目立つスローガンと露天商の繁盛ぶり 久しぶりの再訪で感じたこと

屋外の店で商品を売る店員ら

▼赤い“塊”

 新型コロナウイルス感染症の流行が世界的に落ち着いたことから、先日、中国を久しぶりに訪れた。街中の光景は驚きもあれば、新鮮さやおかしさもあった。土地の広い中国は、都市部、都市周辺部、農村部など地域の実情がそれぞれ違うからだ。

 各地域では、資本主義と社会主義とのイデオロギーが交じり合った、混合経済の状態を呈している。その形が「いい」とか「悪い」とかは、ここでは判断しない。

 中国の東北部、遼寧省の南にある遼東半島南端に位置する大連の繁華街には、ビジネス用の広告があちこちにある一方、突然、赤いスローガンの“塊”にも出合う。それは中国共産党がいかに偉大であるかをアピールしているほか、中国の「繁栄」をアピールするものだ。社会主義の独有の価値観の宣伝もよく目に付く。

 よく読むと、大きな看板には「民主、自由、平等、愛国」などと書かれている。一見すると、西側の資本主義社会の価値観とそう変わりがないが、本当のところ、その価値観が守られているとはいいがたい。驚きとともに笑ってしまったのは、大連のある教会の庭で見つけた看板で、そこには「宗教は党の指導の下に行われるべきだ」というスローガンが書かれていた。

街中でみかけた「中国夢」などと書かれた看板

 

 中国東北部の別の街の駅では、中国版の新幹線に乗るため、すべての乗客は荷物の安全検査を受けなければならなかった。検査場が混んでくると、人々が自分の荷物を守ろうと、ざわざわし始めた。その時、検査場にいた、中年の女性駅員が大きな声で「心配しなくていい。監視カメラが七つも設置されているから」と叫び始めた。

 しかし、「われ先に、われ先に」という多くの乗客たちのばたばたぶりは解消されなかった。中国国内には多くの監視カメラが設置されているが、その効果に安心できないという市民が一定程度いる。政府や関係部門にとって、都合が悪い映像を調べようとしたときに、録画したカメラがよく“壊れる”ことを知っているからだ。

 これもびっくりすると同時に、笑いをこらえるのに必死だった。そして、悲しくなった。監視カメラを街中でよく見かけたが、荷物をチェックする際に、七つの監視カメラが設置されていたとは信じ難いからだ。まさに監視社会の実像を思い知らされた。

 先ほど言及したように、宗教も中国共産党の指導の下に置かれるように、中国は社会主義イデオロギーへの回帰が激しくなっている。思想統制もかつてないほどだ。小学校をはじめ学生たちに対して、改革開放で放棄した〝思想教育〟が盛んに行われている。

 ある小学校で国旗を掲揚する儀式に出合った。生徒に中国共産党を称賛するポエムを朗読させた後に、全員が校庭に立ち尽くしながら、国旗の掲揚を見守り、宣誓した。それからやっとみんなが校門で待っている親元に行くことができて、それぞれの自宅に帰ることを許された。このようなことは改革開放の30年の間に見たことがなかった、と現地の知人が言っていた。

 習近平氏が中国の最高指導者になって以来、社会主義の政治教育の色を強めている。あの文化大革命の時代よりも強く国民を指導しているようだ。一方、40年近くも行ってきた改革開放で資本主義市場経済の“甘い汁”を味わってきた中国人は、心底から空洞的な社会主義教育を嫌う。あふれる赤いスローガン、強制的な政治学習、すべてが形ばかりで、何も市民に利益をもたらしてくれなかったからだ。

 むしろ、国内経済を委縮させるばかりとなっている。だから、今の中国では習近平政権が目指した方向と相反する現象もよく見かける。露天商など「屋台経済」の繁栄はその一例だ。市民は、政治の学習よりも、屋台へと走りたくなる。

夜市でおもちゃなどを売る人々

 

▼にぎやかな夜市

 大連はもちろん、ほかのいくつかの都市でも屋台をあちこちで見かけた。大きな繁華街でふらっと「大連老街」という大きな看板を見かけた。中に踏み入れると、屋台がぎっしりと並ぶ。しかも昼間から営業しており、さまざまな地元名物料理などが売られていた。提供されている商品の種類が豊富で、熱気があふれている。

 夜になると、政府が指定する区域で人々が集まり、「夜市」でにぎやかになる。筆者は中国国内のいくつもの大都市を旅したが、夜市がないところがない。家庭の主婦が作ったのり巻きを販売する人がいれば、お年寄りが自分で捕まえた虫などを売る人もいた。

 夜市では、食べ物から服、おもちゃ、日常用品まであらゆるものが販売されている。地面に布だけを敷く人もいれば、ちゃんとした屋台を持つ人々もいる。その光景は日本のフリーマーケットと似ているが、中国の夜市の方がにぎやかに感じる。

 多くの中国国民が屋台を開いている様子をみると、コロナ禍やアメリカなどによる先進国の経済制裁などで中国経済がダメージを受けていても、中国の人々が先行きに悲観的になっていなかった背景のようなものが理解できた気がした。まだまだ衣食が足りているのだ。

 社会主義の理念や党の偉業の勉強は、市民のおなかを満たすことはできない。むしろ邪魔をしているのであった。だから、人々が熱中するようなことはない。日本にいると、中国で文化大革命再来のような報道が多かったが、現地に来てみると、そうではない気がした。

 テレビで、中国共産党の宣伝を流している番組もあるものの、多くは人情豊かなテレビドラマや外国の映画であった。中央テレビだけでも16のチャンネル(地上波)があって、ほかに省、市のテレビチャンネルも多数ある。

 それゆえ、堅い政治宣伝のチャンネルを見たくなければ、市民はいくらでも選択肢がある。人気の繫華街には必ずルイ・ヴィトンといった外国の有名ブランド品の店があり、その商品を持つのはステータスになっている。

 中国政府は反米、反日などの宣伝を展開していても、外国ブランドの人気は衰えを知らない。中国政府の呼びかけに呼応する人は、基本的にパスポートを持ったことがない、日本をはじめ先進国などに行ったことがない人間というのは言い過ぎだろうか。中国政府の宣伝に惑わされて、愛国心を生きるすべとする人々もいれば、外国のよいものを心底から好きな人々も多くいる。国慶節の連休期間、中国から日本への飛行機がほぼ満席であることが、何を意味しているのか、冷静に考えてみたい。

(中国ウオッチャー:龍評)