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挑戦をたたえ、失敗に腐らず歩む――2つの内定式で語られた、未来につむぐ教訓

 10月は企業の内定式シーズン。社会への第一歩を踏み出す若者たちに、先輩たちはどんな言葉を送ったのか。期待に胸を膨らませながら式典に参加した彼らに届けられたメッセージとは。

▼ミキハウス、「失敗がどう転ぶかわからない」金メダリストが語る卵一個分の教訓

ミキハウス内定者を激励する樋口黎選手

 大阪市内のホテルで行われたミキハウスの第50期内定授与式。男女39人の新入社員候補を前に、2024年パリ五輪・レスリング男子フリースタイル57キロ級で金メダルを獲得した樋口黎選手が壇上に上がった。

 樋口選手は大阪府出身。茨城県の強豪・霞ヶ浦高校を経て、2016年リオデジャネイロ五輪で銀メダルを獲得し、2021年にミキハウスへ入社した。

「実は僕は東京五輪を逃しています。50グラムの体重超過で減量がうまくいかず、出場を逃してしまいました。そのとき、パリ五輪の後に亡くなった、高校時代の恩師・大澤友博先生の言葉を思い出しました」

 大澤友博氏は、霞ヶ浦高校レスリング部を全国屈指の名門に育て上げた名将。指導への情熱と徹底した鍛錬ぶりから「魔王」と呼ばれ、数々の全国大会で優勝を重ね、高校レスリング界に金字塔を打ち立てた。晩年は日体大柏高校で指導にあたり、2024年9月12日、69歳でその生涯を閉じた。

 「東京五輪に失敗した後、恩師に言われたのは“人間万事塞翁が馬”です」

 ある老人が飼っていた馬が逃げ出した。村人たちは気の毒がったが、老人は「この不幸がどう幸福に変わるかわからない」と言った。数カ月後、その馬が大きな駿馬を連れて戻ってきた。今度は村人たちが祝福するが、老人は「この幸福がどう不幸に変わるか分からない」と首を振った。その後、老人の息子が落馬して骨折する。再び村人が同情する中、老人は変わらずに「これもまた、どう幸福に変わるか分からない」と答えた。やがて戦争が起き、息子は徴兵を免れた――そんな寓話(ぐうわ)だ。

 「この話の教訓は、幸福と不幸は入れ替わるものだということ。僕も、計量に失敗したり、試合で負けたり、練習を積んでも試合でいいパフォーマンスが出せない時があります。それでも、それがどう転ぶか分からない。東京五輪のアジア予選会では、わずか50グラムの体重超過で計量失格となり、2大会連続の五輪出場を逃しました。50グラムは卵一個分の重さです。この一個分の重さで東京五輪を逃してしまったとも言えますが、この“一個分の重さの失敗”のおかげで、パリ五輪で金メダルを取れたのだと思っています」

 「“魔王”と呼ばれた恩師・大澤先生は、『良いことが悪いことに、悪いことが良いことに転ぶか分からない。だから、おごらず腐らず、一生懸命地道に頑張りなさい』とよくおっしゃってくれました。私自身も、失敗がいいことに変わることもあれば、逆にいいパフォーマンスを出せた時でも、それがどう転ぶか分からないと思っています。だから、これからも変わらず練習を積み上げていきたいと思っています」

 最後に、ミキハウスの一員となる内定者に向けてこう語りかけた。

 「ミキハウスには、共に成長し、共に挑戦できる仲間がいます。もし見つからなければ、僕が仲間になります。嫌なことがあれば、僕がタックルをしに行きます。多少のストレスは晴れると思います。冗談はさておき、共に成長していける皆さんとお会いできたことを大変うれしく思います。これからのミキハウスを形づくっていく皆さんを心から歓迎します」

ミキハウス内定者と記念撮影する樋口黎選手(前から三列目、右から4人目)

▼カナデビア、「挑戦しないことが失敗」 チャレンジをたたえる企業へ

内定者の前で挨拶するカナデビアの桑原社長(カナデビア提供)

 10月17日、カナデビア(旧日立造船)本社でも内定式が行われた。技術系100人、事務系30人の合計約130人が出席。これまでの厳粛な式典スタイルを改め、Tシャツ姿の役員が内定者とハイタッチを交わすカジュアルな会へと刷新された。

 桑原道社長兼CEOは、まずこう語りかけた。

 「実は、私の社長就任時の社名変更についてのコメントでも、単に名前だけが変わるわけではない、自分たち自身が変わるのだという決意表明だと申し上げています」

 カナデビアは、昨年10月1日に社名を変更。造船中心の重厚長大型企業から、環境エンジニアリング企業へと大きく舵を切った。ごみ焼却発電やバイオガスプラントを手がけるスイス拠点のグループ会社「イノバ」を中心に、海外売上比率は50%を超える見込みだ。

 「多くの変化がすでに現実となっているわけですが、私の言う“変革”は、外形的な変化だけではありません。内的な、いわゆる企業文化・企業風土の変革、これが最も重要であり、かつ最も難しいチャレンジです」

 そして、桑原社長は一段と言葉を強めた。

 「“成功の反対は失敗ではない。挑戦しないことである”というフレーズをご存じでしょうか。挑戦しない限り、成功はない。言い換えると、挑戦し続けることが成功への道ということだと思います。カナデビアという社名に変更し、企業風土を変革し、新しい成長フェーズに前進していく、そのための挑戦を続けていく、そのための新たなチームメンバーが皆さんです」

 AIの実装やVUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)の時代に、桑原社長は“挑戦者を称賛する文化”の重要性を語った。

 「皆さんは、こうした環境で新しい技術やツールを使いこなし、伸び伸びと活躍していく世代だと思います。このチャレンジングな世界で重要なキーワードは、やはり“挑戦し続けること”。私たち経営陣は、職員が、特に若者たちが挑戦したいと思える風土を提供することを目指していきます」

 10月に発表された「TCFD・TNFD統合レポート2025」では、エンジニアリング業界に先駆けて、理念として「エコ・レジリエンス・ソサエティー」を掲げた。

 「人類の活動による影響を、地球の持つ環境復元力の範囲内にとどめる。その復元力を高めることで、人類と自然の調和を実現する。カナデビアはそのための技術を提供し続けます。こうした挑戦の旅を、皆さんとともに歩み続けたいと思います。来春、皆さんとどのような音色のハーモニーを奏でることができるか、今から楽しみにしています」

内定者とタッチを交わすカナデビアの桑原社長(カナデビア提供)

 失敗を恐れず、腐らずに挑戦を重ねること。個人も組織も、その姿勢の先にこそ成長がある。内定式で語られた二つの言葉は、次の時代の企業文化を育む、その礎となる言葉だった。