ビジネス

村から店がなくなった 赤堀楠雄 林材ライター 連載「グリーン&ブルー」

 集落でただひとつの商店だった酒店が閉店してしまった。私が移住してくるはるか以前、何十年も前からあった店で、酒のほかに簡単な総菜や生活雑貨も販売していた。みんなから「社長」と呼ばれている80代半ばの店主がひとりで経営していたが、数カ月前に入院してしまい、ある日、気づくと、下りたままになっていたシャッターに閉店の告知が張り出されていた。

 社長の病状はそこまで悪くはなく、退院して帰ってくる目途も立っているらしい。だが、なにぶん高齢のため、これまでのような営業は難しいと判断したようだ。

 交通の不便な山間では、ひとりひとりが自分用の車を持つのが当たり前で、町場に買い物に出かけるのはわけもない。市中相場より総じて値段が高めな社長の店で買い物をするのは、急場に間に合わせたり、町場まで下るのが面倒であったりする時のほか、「やめられたら困るからたまには買わないと」と思い立った時くらいのもので、お世辞にも繁盛しているとは言えなかった。

 それでも集落のさまざまな催事では、社長の店でオードブルや弁当を仕立ててもらい、飲み物も調達するのが通例だった。「去年と同じで」と頼めばきちんとそろえてくれ、指定した時間に配達もしてくれたので、催事の担当者としては重宝していた。

 店の一角にはテーブルと椅子が置かれたコーナーがあり、草刈りなどの共同作業で汗を流した後は角打ちよろしく喉を潤すことができたし、近所の仲間とちょっと一杯やりながら、うわさ話に興じたり、集落の役員人事の品定めをしたりとたわいのない時を過ごすこともできた。

 それらができなくなった不自由さは想像以上で、私も今年から神社の担当役員に就いているのだが、先日の夏祭りでは弁当や各種の供え物を例年通りの内容でそろえるのにかなり苦労した。

お盆には恒例の盆踊り・花火大会が開かれたが、焼き鳥や飲み物、スイカ割り用のスイカなどをそろえるのに今年の担当者はかなり苦労したようだ

 

 集落のはずれにあるお堂は、社長のお父さんかおじいさんかが「百姓ではなく商売で食べていけるように」と祈願して建てたものだと社長自身が教えてくれた。自分で食べ物をつくらずに生計を立てるのが大変な時代があったことをそれで知った。

 地域でいくつもの神社を掛け持ちしている宮司さんは、祭りの後の直来で社長の店が閉まったことを伝えると、「こちらでもですか」と顔をしかめた。近隣でもこうした店がどんどんなくなっていて、みんな困っているそうだ。

 過疎が進む中では新規開店など想像もつかない。頭をかかえる事態となっている。

赤堀楠雄(あかほり・くすお) 林材ライター。1963年生まれ、長野県在住。林材新聞社(東京)勤務を経て99年に独立。森林・林業・木材・木造住宅などに関する取材、執筆を行う。著書に「林ヲ営ム〜木の価値を高める技術と経営〜」(農文協)など。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.34からの転載】