NHKで好評放送中の大河ドラマ「光る君へ」。6月16日に放送された第二十四回「忘れえぬ人」では、思いがけない藤原宣孝(佐々木蔵之介)からの求婚と宋人の周明(松下洸平)への思いの間で揺れる主人公まひろ(吉高由里子)を中心に、さまざまな人間模様が描かれた。
この回で特徴的だったのは、サブタイトルの通り、登場人物たちが“忘れえぬ人”への思いに突き動かされていたことだ。親友さわ(野村麻純)の死の知らせをきっかけに、宣孝の求婚を受け入れようとするまひろ。出家した妻・定子(高畑充希)への思い絶ち難く、再会を果たそうとする一条天皇(塩野瑛久)。自分が内裏からの追放を画策した藤原伊周(三浦翔平)に呪われていると思い込み、体調を崩す詮子(吉田羊)。さらに、乙丸(矢部太郎)が長年、従者としてまひろのそばにいるのも、まひろの母・ちやは(国仲涼子)の死に対する後悔からであることも明らかになった。
「記憶が人を作る」とはよく言われることだが、その言葉通り、人は自分の経験に基づいて判断し、行動する。つまり、過去の記憶こそが人の行動を左右する。その点でいえば、“忘れえぬ人”への思いに突き動かされる人々の姿を描いたこの回は、まさに「人間ドラマ」だった。
その象徴的な出来事が、まひろに対する宣孝と周明の対照的なふるまいだ。宣孝は求婚した際、まひろに「ありのままのお前を丸ごと引き受ける」と告げる。息の合ったまひろと宣孝の関係は、これまでドラマを見てきた視聴者なら認識済みであり、それゆえ言葉にも説得力があった。宣孝にとっては、まひろが“忘れえぬ人”だったということなのだろう。
これに対して、「早くまひろと宋に行きたい」とささやいた周明は、(劇中ではそれなりに時間が経っているが)まだ登場して間もなく、周明自身の素性も明らかでない部分が多い。そのため、裏付けの見えない甘い言葉には軽薄さが付きまとう。まひろに、自分を利用するためのうそだと見抜かれたのも、当然だろう。そこには、人間的に厚みのある宣孝と、それがない周明の差が現れていたように思う。
本作を見ていて、時々不思議に思うことがある。大河ドラマの定番である幕末ものや戦国ものと異なり、すべての登場人物が大きな歴史のうねりにいや応なく巻き込まれ、さまざまな事件が連鎖する中で物語が進行するわけではないのに、毎回目が離せないのはなぜなのかと。
この回を見て、その秘密の一端がわかったような気がする。それは、“忘れえぬ人”への思いに突き動かされる人の姿を描いたこの回のように、毎回、主人公のまひろだけでなく、それぞれの登場人物をさまざまな角度から掘り下げ、その人間性を引き出しているからではないのかと。一言で表現すれば、「キャラが立っている」ということになる。その結果、平安時代の人々の息遣いまでも伝えるリアルな人間ドラマが生まれ、それが見る者を引き付ける魅力となっているように思える。
この回、最終的にまひろは宣孝の求婚を受ける決意を固めたようだが、その一方で貿易をめぐる朝廷と宋人たちとの駆け引きはまだ決着していない。さらに予告を見ると次回、まひろは都に戻るようだが、新たな出会いもあるはずだ。そこでわれわれを魅了するどんな人間ドラマが繰り広げられるのか。期待して待ちたい。
(井上健一)