NHKで好評放送中の大河ドラマ「光る君へ」。5月12日に放送された第十九回「放たれた矢」では、権力の頂点に立った藤原道長(柄本佑)の活躍を軸に、藤原伊周(三浦翔平)・隆家(竜星涼)兄弟との確執や、図らずも実現した主人公まひろ(吉高由里子)と中宮・定子(高畑充希)、一条天皇(塩野瑛久)の対面などが描かれた。
そしてもうひとつ、華やかな宮廷劇の傍らで描かれていたのが、まひろの父・為時(岸谷五朗)の出世劇だ。その不器用さ故、10年もの間、官職を得られなかった為時の出世は、まひろたち家族にとって大きな喜びであり、ほほえましい気持ちになった視聴者も少なくないに違いない。ドラマ的にも、その描き方は実に巧みだった。ここでは、その流れを振り返ってみたい。
まず冒頭、まひろが弟の惟規(高杉真宙)から借りた宋の国の書物「新楽府」を書き写す姿が描かれる。これは前回、藤原宣孝(佐々木蔵之介)から聞いた「宋の国には“科挙”という制度があり、その試験に合格すれば、身分の低い者でも政に関わることができる」という話に影響を受けたもの。
さらにまひろは、家を訪ねてきたききょう/清少納言(ファーストサマーウイカ)から、内裏での道長の活躍ぶりに加え、宋人が若狭に流れ着き、受け入れのために越前に移されたという話を聞く。
前述の通り、宋の国に興味を持っていたまひろは、この話に刺激され、父・為時に「越前守への就任を願い出ては」と勧める。だが、位が正六位の為時は「大国の国司は五位でなければなれぬ」とあきらめの様子。
物語をやや先取りして申し訳ないが、史実を振り返ってみると、為時は実際に越前守に任命されている。だが、劇中の為時は、その条件に達していない。物語的には、このハードルをいかにクリアするかが見どころとなる。では、劇中ではどのように展開していったのか。
まひろはききょうが訪れた際、宋の科挙の話を伝え、「身分の壁を越えることのできる宋の国のような制度をぜひ、帝と右大臣様に作っていただきとうございます」と訴える。これに「すごいことをお考えなのね」と驚いたききょうは、まひろを後宮に連れて行き、中宮・定子と面会させる。そこに現れた一条天皇は、まひろが科挙の話をすると「新楽府を読んだのか」と驚き、その記憶に残ることになる。さらにその話が一条天皇から道長へと伝わり、道長の権限で為時は「従五位下」に任命される。
身分や立場の違いもあり、直接の対面がかなわないまひろと道長。シンプルに考えれば、何とかこの2人を直接会わせ、まひろが道長に為時の出世を頼み込む、というやり方もあり得る。実際、まひろはかつて、道長の父・兼家(段田安則)に為時の出世を頼み込んだことがあった。だが、ここで安易に2人を会わせては、ドラマ的な盛り上がりに欠ける。
そこでこの回は、道長の内裏での活躍やまひろとききょうの関係などを巧みに利用し、ある種、“伝言ゲーム”のような形でその思いを伝える形をとった。これにより、会うことのかなわないまひろと道長の絆がより強く印象付けられ、為時も2人のひそかな関係を確信するに至った。さらに、ききょうや定子、一条天皇といった2人の関係を知らない人物を巻き込むことで、ドラマ的な一体感が生まれ、内裏に縁の薄いまひろも、主人公らしい存在感を示すことができた。さまざまな要素を生かした見事なドラマ展開だったといえるのではないだろうか。
映像的な華やかさとは縁遠く、関係するエピソードも劇中の各所にちりばめられているので、一見目立たない部分であるが、本作が視聴者を引き付ける秘密は、こうした巧みな語り口にもあるのではないだろうか。
(井上健一)