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「シゲル」と呼ばれても 【政眼鏡(せいがんきょう)-本田雅俊の政治コラム】

 海の向こうでは、トランプ氏が大統領に返り咲くことになった。当初は大接戦が予想された選挙だが、地図の上では共和党の「赤色」が大半を占め、圧勝に近い結果となった。初の女性大統領の誕生を夢見ていた人たち、そしてトランプ前大統領の再登板を不安視していた人たちにとっては、まさに「暗闇」(ハリス副大統領)になった。

 一方、日本では、11日に石破茂氏が第103代の内閣総理大臣に指名される見通しだ。すでに首相の座にいるが、衆院選後に内閣はいったん総辞職し、再度の指名が必要とされる。だが、こちらの首相指名選挙は圧勝とはいかず、“辛勝”となる可能性が高い。先の衆院選で与党の獲得議席が過半数を大きく割り込んだため、衆院では30年ぶりに決選投票にもつれ込むようだ。

 これからのことも考え、石破首相は早々にトランプ氏に祝意を伝えた。首相は「フレンドリーな感じだった」とうれしそうに語ったが、初めて言葉を交わした相手のことがわずか5分で、それも通訳の入った電話会談でどこまで分かるかは疑問だ。むしろ今月後半に行われるかもしれない対面式の会談こそが、石破首相にとっての最初の関門になる。

 8年前と同じ轍(てつ)を踏まないよう、外務省は念のため、周到に“トランプ対策”を検討してきたという。それに加え、日米関係は強固であるため、誰が大統領になっても、さらには誰が首相でも、土台が崩れることは考えにくい。だが、首脳同士の相性の良しあしで、協議や交渉の行方は大きく左右され得る。要求・要望のハードルが高くなることも低くなることもあるわけだ。

 必ずしも所属政党に起因するわけではないが、そもそも民主党の大統領はどちらかといえば思慮深いのに対し、共和党は外見上、陽気な人が多い。レーガン大統領もブッシュ大統領親子もユーモアのセンスが豊富で、しばしばジョークを飛ばした。「彼らはカウボーイハットが似合う、絵に描いたようなアメリカ人」(元在米日本大使館書記官)だった。

 似たもの同士というが、陽気な大統領は陽気な首相を好むのかもしれない。中曽根康弘首相はレーガン大統領と親密な「ロン・ヤス関係」を築いたし、小泉純一郎首相はジョージ・W・ブッシュ大統領の「首脳級の唯一の友だち」(米シンクタンク研究員)だったとされる。さらに、安倍晋三首相とトランプ大統領との蜜月関係はあまりにも有名だった。「首脳間に強い信頼関係があったことは、日本の国益にかなりプラスに働いた」(閣僚経験者)といえる。

 日米間で首脳会談が行われると、ファーストネームで呼び合えるようになるかどうかが注目される。だが、日本人同士ながらいざ知らず、そもそもそれをためらうアメリカ人の方こそ珍しい。ファーストネームで呼び合えることになったとしても、それ自体、大したことではないのだ。むしろ首脳同士の信頼関係を構築する最大の目的はあくまでも国益の追求であり、お互いが胸襟を開き、助け合える間柄になることだ。そのためにも、第一印象が何よりも重要になる。

 トランプ氏は「家族以外の他人を、友だちと部下と敵にわけるが、友だちや部下が突然、敵にされることもある。それに、すべてが損得勘定で説明がつく人物」(前出・シンクタンク研究員)らしい。石破首相は「本音で話せる方」と形容したが、もしも嫌われることを恐れ、日米地位協定の見直しやUSスチールの買収実行などを直談判できないのであれば、端から過度に仲良くなることを目指さない方が賢明かもしれない。

 そもそもモノを申せない相手、逆らえない相手は“親友”などにはなり得ない。そのような相手に肩を組まれ、在日米軍駐留費の増額や関税の引き下げだけを求められては、むしろ日本の国益にとってマイナスになりかねない。日本の首相が葱を背負った鴨になってはならないのだ。怖い顔をして睨みつけても、トランプ氏はびくともしまい。

 安倍首相に負けじと、石破首相もニューヨークのトランプタワーを詣でる勢いだ。しかし、「永田町でも友だちが極めて少ない石破首相が、果たして海を越えた友情を育めるのか」(自民前議員)といぶかる者もいる。外交に不慣れな石破首相がなまじトランプ氏に近づき、単に要求されるだけの存在関係になれば、それこそ「内憂外患」に陥ることになる。

(※ 文中の肩書はすべて当時)

【筆者略歴】

 本田雅俊(ほんだ・まさとし) 政治行政アナリスト・金城大学客員教授。1967年富山県生まれ。内閣官房副長官秘書などを経て、慶大院修了(法学博士)。武蔵野女子大助教授、米ジョージタウン大客員准教授、政策研究大学院大准教授などを経て現職。主な著書に「総理の辞め方」「元総理の晩節」「現代日本の政治と行政」など。