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僕たちは修学旅行で史上初の快挙を成し遂げたかも 都立八丈高校は羽田空港でほぼ一日かけて何を学んだ?

1校時は、第2ターミナル国際線エリアのモダンな空間でスタート。

羽田空港を教室に行われた「授業」

 2022年6月9日の午前9時55分、東京都立八丈高等学校の3年生48人が全日空NH1892便で羽田空港に降り立った。本来、修学旅行は2年生の時に行われるはずだったが、新型コロナウイルスの感染拡大によって何度か延期され、やっと実現したのである。2泊3日の短い旅で、初日の目的地は、ここ羽田空港。ほぼ1日かけて、羽田空港を見学するという。待ちに待った修学旅行の大事な1日を、なぜ羽田空港で過ごすのか? 生徒たちは何をするのだろうか?

 最初に一行が向かったのは、第2ターミナルの国際線エリア。といってもピンとくる人は少ないだろう。2020年3月末にオープンしたものの、コロナ禍による国際線の大幅な減便を受けて2週間ほどで閉鎖され、現在も休眠中のエリアだからだ。今回は八丈高校のために特別に使用が許可され、片面すべてガラス張りで滑走路が見渡せるこのモダンな空間で、生徒たちの羽田空港見学会がスタートした。

 まず発表されたのはこの日のスケジュール。学校の授業風に、1校時「羽田空港について・羽田空港のお仕事について」、2校時「航空会社のお仕事について」、「給食」、3校時「第1ターミナル見学」、4校時「第3ターミナル見学」、5校時は「羽田空港見学バスツアー」と盛りだくさんのプログラムが組まれている。

日本空港ビルデング・松井さんの説明に熱心に耳を傾ける生徒たち。

 1校時を担当したのは、日本空港ビルデング(株)事業開発推進本部 事業開発部 事業開発課の松井秀夫さん。「みなさんは来年、就職や進学をされますが、空港でのお仕事も視野に入れてもらえることを願って、空港でのお仕事についてご説明させていただきます」と、羽田空港の概要について丁寧に説明。自身の就職体験も交えた具体的な話が多く、何やら就職説明会風でもある。

最新の手荷物チェックインマシンで自分の荷物の重さを量ったりする生徒たち。

 この第2ターミナルの国際線エリアはANA便で使用されるので、2校時ではANAエアポートサービス(株)のグランドスタッフが講師を担当。未来的なデザインの自動チェックイン機や、手荷物の自動チェックインマシン、あるいはファーストクラスやダイヤモンドメンバーといった限られた乗客がチェックインするための部屋などを紹介しながら、航空会社の地上職員の仕事を説明していく。驚いたのは、スタッフの女性が搭乗客へ向けた場内アナウンスをして見せたときのこと。「誰かトライしてみませんか」と呼びかけると、男子生徒2人が臆せず立候補。マイクを片手に上手にアナウンスしたのだ。やるなぁ、最近の高校生。

ファーストクラスやダイヤモンドメンバー専用のチェックインルーム。
グランドスタッフの女性が行う搭乗案内のアナウンスに生徒も挑戦。

 お昼前には、屋上にある展望デッキで記念撮影。その後、第1ターミナルにあるレストランで「給食」の時間となった。
 食事の際に、八丈高校の町谷光博 副校長が、羽田空港が修学旅行の見学先になった理由などを教えて下さった。

 「本校では、八丈島をまず知ろうということで『八丈学』という授業が1年生からあります。ハワイの高校と姉妹校提携しているので、八丈島にどうやって観光客や移住者を呼ぶかを研究している生徒たちもいます。さらに修学旅行先を沖縄にして、ハワイ・八丈島・沖縄と、島を立体的に見ようという試みも行っています。ところが沖縄でコロナ感染者が増えたため、この学年は沖縄に行けなくなって、方向性を変えるしかないと。広島や東北も検討しましたが、結局どこもダメでやむなく何度も延期に。時期としては3年生の6月がギリギリで、これ以上延ばすと受験に影響する。

東京都立八丈高等学校の町谷光博 副校長(写真左)。

 そんな中、羽田空港さんが空港見学バスツアーをやられていると聞いて、単なる見学だけでなく、実際に働く方々の声をたくさん吸収して職業観を得られるキャリア教育を加えられないかと要望を出したら、見事に応えていただいたんです。

 空港という場所は、いろんな企業・省庁が力を結集して成立しています。専門職の方も多い。そういうことが八丈島にいるだけでは見えない。さまざまな仕事に携わる人がいて、空港が成り立っているということに生徒たちも注目しています」

 コロナ禍で何度も予定の変更を余儀なくされたものの、羽田空港が単なる物見遊山ではない修学旅行に応じてくれたというわけだ。それは午後の「授業」でも証明されることとなる。

制限区域内を自由に歩きまわるという史上初の快挙

 午後は3校時の第1ターミナル見学から始まった。最初に、国土交通省東京航空局東京空港事務所の石橋専門官から、「成田空港があるのになぜ羽田空港に国際線があるのか」など、羽田空港の運用について専門的なレクチャーが。新飛行経路の採用や国際線増便による滑走路の使用状況、落下物・騒音対策など、グラフなどを使ってまるで社会科の授業のようだ。

国土交通省の専門官から羽田空港の運用についてレクチャー。

 続いて日本空港ビルデング職員の先導で向かったのは1階。見せてくれたのは館内施設や公共交通機関等の案内業務、遺失物管理を行う「空港サービスセンター」と、フライトや施設に関する電話案内、館内放送、空港内各案内所の運営業務を行う「インフォメーションセンター」だ。なかでも、航空各社のフライト情報や店舗の新商品から自販機の故障まで、羽田空港のすべての情報が集まるというインフォメーションセンターには生徒たちも興味津々のようす。「天井の赤ランプは何のためですか?」「制服のスカーフが人によって違うのはなぜですか?」と質問も活発に飛び出していた。

空港のあらゆる情報が集まってくるインフォメーションセンター。

 こんなところにこんなものが!と生徒たちも驚いたのは、「羽田航空神社」。第1ターミナルのビルの一室にひっそりたたずむ、知る人ぞ知る神社だ。羽田空港の守り神として飛行機が落ちないことを祈願する場所だが、試験に落ちないことを祈願する受験生にも人気があると聞いて手を合わせる生徒も多かった。

第1ターミナルのビルの一室にある羽田航空神社。

 4校時は東京モノレールで第3ターミナルへ。2グループに分かれて、国際線の到着ロビーと出発ロビーを交互に見学した。

第3ターミナルの国際線出発ロビー。

 そして5校時は、今回の修学旅行のハイライトといってもいい「羽田空港見学バスツアー」だ。実は2021年度から、主に学校を対象とした「羽田空港制限区域内見学バスツアー」が年に10回ほど開催されており、ふだん入れない・見られない場所を見学できると好評だという。今回のツアーではそれに加え、サプライズも用意されていた。

 バス2台に分乗し最初に向かったのは、滑走路や駐機場がある制限区域への入場ゲート。鉄条網と頑丈な鉄格子でできた門が2重に設置され、全員の身分証チェックや車体下の爆発物捜索などを経た後に通過できるという厳重なセキュリティーだ。残念ながら写真撮影も禁止だという。テロなどの危険を考えれば当然かもしれない。

 飛行場の主役は飛行機なので、通行車が邪魔にならないよう構内には大きなトンネルが2つある。まず、サウストンネルをくぐって向かったのは、エンジン交換や修理点検を行っている格納庫。JAL、スカイマーク、ANAの会社別に5棟並んでいて、1棟にボーイング777やエアバスA350などを最大6機収納できる大きさでありながら、なんと柱が1本もないという。ジェット機の修理風景だけでも珍しいのに、最後のANAの棟にあったのは、日本に2機しかないという政府専用機。たまたま整備で入庫していたようだが、八丈高校はツイてる!?

整備中または整備を終えた航空機がエンジンの試運転をする際に、ジェット噴射から人や物を守るためのブラストフェンス。
羽田では、10基の燃料タンクから、地下に埋まっている燃料パイプを通り、各駐機場に燃料が送られる。

 駐機場に直結した燃料タンクやブラストフェンスという珍しい施設を通り過ぎると、バスは何の施設もない一角に停車。通常のバスツアーは車窓から見るだけのはずだが、今回は特別に許可を得て、飛行機の運行に支障がないこの場所でバスから降りることが許されたのだ。いわばサプライズ・プレゼントだ。限られた場所で短時間ではあるものの、制限区域内を自由に散歩するという、史上初の快挙を達成した生徒たちが記念写真を撮りまくったのは言うまでもない。

今回特別に制限区域内でバスから降りることを許されたスペース。離発着する飛行機を間近に見ることができた。
制限区域内で記念写真を撮影する生徒たち。

 いいなぁと思ったのは、1号車のガイドを務めた羽田旅客サービス(株)の山田さんが、施設を説明する合間に自身の就職体験や会社生活をちょいちょい挟み込んできたこと。「寮生活をしていると公共交通機関がストップした時に車が迎えに来るんです」「早番遅番が選べるので、早番にしてもらって夕方、大阪に飛んでコンサートに行ったことも」など具体的なコメントは生徒たちに大好評。質問もどんどん飛び出していた。

 その後も、リニューアルされた寝殿造りの貴賓室(撮影不可)や、たまたま遭遇したANAの特別デザイン機「鬼滅の刃じぇっと-壱-」などに生徒たちは大喜び。終始、充実感あふれるバスツアーだった。

ANAの特別デザイン機「鬼滅の刃じぇっと-壱-」に遭遇。

「とにかく失敗できない、なるべく貴重な経験をさせてあげたい」

 羽田空港を舞台に、まる一日キャリア教育を行うという初の試み、修学旅行生たちを迎えた側の思いはどういうものだったのか。企画に携わったお二人に話をうかがった。

 前出の日本空港ビルデング・松井さんは、「修学旅行という重要なイベントなのでとにかく失敗できないなと。しかもコロナ禍で3年間なかなか自由に活動できなかった子どもたちに、せっかく来てもらえるので、なるべく貴重な経験をさせてあげたいなと。できることは全部やろうぐらいの気持ちで取り組みました。まずは空港に興味を持っていただけて、どういう仕事があるのか知っていただけたのならうれしいです」と語り、かなり情熱を込めて企画したことをうかがわせる。

 羽田旅客サービス(株)旅行事業部旅行事業課長羽田旅行センター所長の佐藤孝幸氏は、「今回は“空港と職業”というテーマをいただいたので、一つの会社では対応できず、関係各社に賛同していただいて実現できました。いままでなかなかできなかったことなので、これがオール羽田で連携して成し遂げた一つの事例になるのかもしれないと思っています。 副校長からは次回もというお話をいただいたので、今回の経験を生かして次回はもっといいプログラムをご提供したい。あるいは新たなチャレンジをと考えています。羽田空港には、まだまだ面白いところ、お見せしたい一面がありますから」と、次への展開に意欲を見せた。

 オール羽田で臨んだ初の試みを学校側はどう受け止めたのか。 最後に町谷副校長のコメントをご紹介しよう。

 「今回の見学会は細かくオーダーして無理難題も申し上げたんですけど、羽田空港の皆さんは、うちの規模をイメージしながらきちんと対応して下さった。今日の内容は数百人規模の学校だと難しかったのではないでしょうか。うちは小さな島の学校で生徒たちはコンプレックスを感じがちだが、それを強みにしたいと常に思っています。まさに修学旅行もそういう形になりました。今日はご苦労いただいたな、すごく工夫していただいたなと本当に感謝しています」

屋上の展望デッキで記念撮影。後ろの高い建物が新しい管制塔で、さらに後方の低い建物が旧管制塔