大和当帰、大和橘、黄蘗(キハダ)、シャクヤク――。奈良で育つ薬用植物は今、生薬原料の枠を超え、お酒、菓子、化粧品、雑貨など、変幻自在に姿を変えている。自然由来って面白い!日本発の癒やしって?新ボタニカルカルチャーの魅力の源は、担い手のあくなき探究心、好奇心にある。
▽奈良を落とし込むジン
築150年の古民家を改装した「大和蒸留所」は、日本酒「風の森」ブランドで知られる油長酒造(1719年創業、御所市)が2017年に開所した。橘花の家紋が入ったのれんをくぐると、大きな蒸留釜が吹き抜けの空間にある。
ここで、所長の板床直輝さんが、奈良産のボタニカルを使った多彩なスピリッツをつくり出す。大和橘の果皮、大和当帰の葉を使った看板商品の「橘花 KIKKA・GIN」、奈良産イチゴ「あすかルビー」を加えた「橘花 KIKKA・GIN・朱華(はねず)」のほか、梅、コーヒー豆、伝統丸薬・陀羅尼助の原材料に使われるキハダなどが素材のものまで、23種に上るレシピが生まれた。
大和蒸留所ができたのは、桜井市で「THE SAILING BAR」を営む渡邉匠さんとの出会いがきっかけ。山本長兵衛社長とともに、地域性を落とし込むクラフトジンの魅力を目の当たりにした。油長酒造は、もともとスピリッツの製造免許を保有。「奈良でジンをつくるのは油長さんじゃない?」。渡邉さんの一言が、あれよあれよと現実になった。
「アンジェリカ」の英名を持つ当帰の根を使ったジンは欧米にもあるが、葉の利用は例がない。当初は試作でセロリのような青臭さが勝ったため、清涼感のある果実を合わせようと大和橘にいきついた。KIKKA GINは、「香りは大和橘を全面に出しながら、底辺からは当帰の芳醇(ほうじゅん)な少し甘いような構成。口に入れても、かんきつの味わいや舌触りでしっかり感じられる」ジンだ。
たくさんの生産者と会い、新しい植物でジンをつくるのは「常に楽しく、ほとんど苦労を感じたことがない」。歴史もひらめきに。「例えば、魏志倭人伝に『倭国の人は山椒、生姜、橘という素晴らしい植物があるのに使い方を知らない』という一文がある。今では日本を代表する薬味なのに。それならジンをつくろうかと」。
次に心に描くのは、「森林っぽい」ジン。「木を切るだけでなく、次につなげるために植え、100年かけて育てる森は奈良の吉野地方が最初だとか。修験道のはじまりでもありますね」。新しいアイデアが、はじまりの地から無限に広がる。
▽「奈良感」が目覚める場
「第六感、もしくは奈良感って呼んでいるんですが、五感をきちんと満たして、そこから目覚めるウェルビーイング、癒やされる、というものを訪れる方に提供したい。ゆっくり奈良の山まで歩いていただくのは時間もコストもかかるので、ここに『森の入り口』を、と。奈良駅前から春日の山に入り、そのまま奥大和まで行くという設定で、音もつくりました」。
植物療法士の橋本真季さんが、近鉄奈良駅前の中心街に今春、オープンしたスパ「THERA(テラ)」。「テラピスト」と「寺」をかけた店に入ると、鐘や風の優しい音が流れる。
「奈良時代に薬草の使い方を伝えたり、処方したりする場はお寺だった。今のコンビニみたいに『こんにちは』と訪ねて会話したり、お薬をいただいたり。そんな風に気軽に行ける癒やしの場にしたいなと」。テラのプロダクトは、地元でとれた大和当帰、大和橘、大和シャクヤク、キハダなどを原料に使用。薬草蒸しのサウナもある。
子どもの頃、きらきらした都会にあこがれ、いったんは生まれ故郷の奈良を飛び出して海外へ。スペイン、米国で欧米のボタニカル文化にのめり込んでいる時に、ふと日本を顧みた。「47都道府県を薬草を求めて巡り、最終的に奈良の歴史とウエルネス文化の素晴らしさを知った」。今は奈良を拠点に、日本のウエルネス文化を発信する。
大震災が起き、新型コロナウイルスなど新たな病気が流行する現代は「人々が祈りと薬草に癒やしを求めた奈良時代と似ている。混沌(こんとん)とした中で、その時代の知恵を役立てられるのではないか」。THERAを開いた理由だ。
薬草の産地や史跡をもっと見てもらいたいから、ウェルネスツアーも企画している。「企画は私ですが、主役は参加される方と現地のおじちゃん、おばちゃん、そして自然。皆が交流することで何かが生まれ、つなぐことに快感がある」。地元に戻った参加者から「奈良大好き」という一言が届くのが、本当にうれしい。
▽循環する大和ハーブ
大和蒸留所のジン、THERAの化粧品に使われる大和橘は、不老不死の植物ともされ、古事記や日本書紀にも登場する日本固有のかんきつ。絶滅危惧種だったが、10年前から民間のプロジェクトで生産が徐々に伸びてきた。
実を丸ごと仕入れる板床さんのジンでは果皮のみを使う。橋本さんは残った実と種を受け取り、奈良県内の福祉施設で原料化してもらった上で、せっけんなどに商品化。実を果実酒に加工するワイナリーもある。「橘は果皮も実も種も使えるし、葉をお茶にする方、アロマに使う方もいる。お花も食材にと、まんべんなく使おうというのを皆でやっています」(橋本さん)。
未来に向けた、ボタニカルカルチャーの新しいサイクルは、多くの人をわくわくさせながら回っている。