横浜の中華街や新大久保のコリアンタウン以外にも、日本には外国人の集まる街がたくさんあります。ネパール、ベトナム、タイ、ミャンマーなどなど、海外に行ったような気分になれる外国人街を、外国人コミュニティの取材を続けているライターの室橋裕和が案内します。第4回は、タイの人たちが集まる茨城県筑西市です。
タイのお寺がある茨城県筑西市
茨城県の西部、筑西市。この街に実は、タイ人がたくさん住んでいることを知る日本人がどれだけいるでしょうか。
小さな街なのですが、回ってみればタイ料理のレストランや食材店がちらほらと点在し、タイ人らしき女性たちが笑い合っている姿も目にします。そしてなんと、タイのお寺まであるんです。
茨城県のタイ・コミュニティの中心のひとつ、ワット・プッタランシー茨城
それが「ワット・プッタランシー茨城」です。筑西市の中心部、JR線・関東鉄道・真岡鐡道が乗り入れる下館駅から西に徒歩10分。旧国道50号線を歩いていると見えてくる大きな建物です。ところどころタイ風の装飾があって、手づくり感の異国情緒たっぷり。
建物の反対側が正門のようで、そちらに回ってみるとタイ人のおばちゃんたちがなにやら世間話の真っ最中です。僕の姿を見るなり、「どうぞ、入ってくださいね」と日本語と笑顔とで出迎えてくれます。
ご本尊ははるばるタイから船便で運んできたものだとか
お邪魔してみると、天井は高く広々としていて、壁には仏陀の生涯のさまざまな場面を描いた絵画がいくつも並んでいます。全体的に金色ハデハデな装飾で、これこそタイ仏教のスタイル。タイ旅行に行ったことのある人は、きっと現地の寺院を思い出すでしょう。
人生の節目でお寺を訪れるタイ人
午前中に行くとこうした儀式を見学させてもらえるかもしれない
そしてご本尊の左手にはタイ人の僧侶も鎮座しておられます。タイの寺院から派遣されてきたそうです。その僧侶に、食事を差し出し、祈りを捧げる女性の姿。手を合わせる仕草の、なんと美しいことでしょうか。僧侶は食事を受け取ると、なにやら経文を唱え、女性に祝福を授けているようです。
タイ仏教では、原則として僧侶が食べるものは人々から寄進されたものに限られます。だからこのお寺でも、タイ人たちは僧侶のために食事をつくっています。仏教と僧侶のために貢献することは、「タンブン」という徳を積む行為なのです。自分と家族との、より良い人生、来世につながると考えられています。僧侶はその代わりに人々に祝福を与え、日本での暮らしの悩みを聞いたりもします。
それにタイで家族や知り合いが亡くなったときも、まずこのお寺にやってくるし、日本での進学や就職や結婚や、それに自分の誕生日など、人生の節目節目にお寺を訪れ、ひとときを過ごす。そのたびに日本で暮らす仲間のタイ人と近況を報告し合い、なんやかやとおしゃべりをして一日を過ごす……ここはそういう場所なんです。
お寺で振る舞われるタイ料理
こちらは2023年元旦の様子。茨城県内や近郊からたくさんのタイ人が「初詣」に訪れた
「よかったら食べてってください」
タイ人のおばちゃんたちが声をかけてくれました。僧侶に食事を寄進した後は、自分たちのランチというわけです。
テーブルの上に並んだのは、鶏肉のゲーン(カレー)、野菜と豚肉のカー(タイ生姜)の炒めもの、ヤムウンセン(春雨のサラダ)、それにココナツを使ったタイのスイーツなどなど。お寺のキッチンで調理したものもあれば、誰かが自宅でつくってきたものもあるんだとか。
「辛くない? 大丈夫?」「タイ料理はよく食べる?」
誰もが親しげに声をかけてくれます。そのほとんどは中高年の女性で、筑西や近隣の常総、栃木県の小山市などの周辺地域で食品関連の工場や介護、飲食などの仕事で働いている人が多いのだとか。バブルの頃から筑西などの茨城県西部にはタイ人の労働者たちが多く、そのためお寺ができるほどのコミュニティに成長したそうです。
彼女たちにお礼を言って、お寺を出ました。
なお、こうした儀式を見学させてもらうときは、日本のお寺を同じようにマナーを守りましょう。また食事をいただく機会があれば、日本人も心ばかりでいいのでタンブン(寄付)を。寺のどこかにある賽銭箱に入れればokです。
ワット・プッタランシーでいただいた「寺メシ」。レッドカレー(左)と肉野菜炒め(右)、それにチキンのスープ(奥)
こちらはワット・プッタランシーのお正月に出た料理。ガパオごはん(左)、タイ風のピリ辛焼きそば
下館のタイレストランは本場の味
お寺があるほどタイ人が多いので、下館にはタイレストランも何軒かあります。しかも東京や大阪などの大都市とはぜんぜん違う、本場の味つけのタイ料理なんです。客層が日本人ではなくタイ人なのだから、それも当然でしょう。
とりわけ「日本人向けの味にはいっさいしていない」という「ピッキーヌ2」はタイでも東北部の「イサーン」と呼ばれる地域の料理がウリ。注文したのは牛肉のウマ辛サラダ「ナムトックヌア」と、ほぐしたナマズのサラダ「ラープ・プラードゥック」。どちらももち米と実によく合うんです。
「ピッキーヌ2」のナムトックヌア(手前)とラープ・プラードゥック。どちらも辛いけど旨い!
ここは食材店でもあって、ナンプラーやタイ米、タイの野菜やハーブ、合わせ調味料にお菓子などなど、たくさん並んでいます。店長さんがイサーンのナコン・ラチャシーマー県出身だとかで、同県名産の米麺焼きそば「パットミー・コラート」をゲットしました。
「ピッキーヌ2」はタイ食材があれこれ並んでいる様子が楽しい
タイでもなかなか見つからないパットミー・コラート。これは貴重ですよ
下館ではやはり「ガパオ」や「ネーム」(タイ風のソーセージ)などイサーン料理がおいしい「バンコク」や、「パッタイ」や「カオマンガイ」など一般的なタイ料理からイサーン料理までなんでもそろう「ヌンクワンチャイ」など何軒もあります。
こんな感じの小さな居抜き物件の「異国飯屋」が北関東には多い
そして首都バンコクの有名ホテルで腕を振るっていたというシェフがいるのが「タイ料理しもだて」です。こちらでもランチのガパオご飯を頼むと、シーユーダム(タイ醤油)がよく効いていてガパオ(ホーリーバジル)もどっさり、さらに付け合わせの目玉焼きが2個という豪華仕様。それにクイッティオ(米麺)もおすすめだとか。
ほかのテーブルでは地元住みらしいタイ人ファミリーが楽しげに食事をしていて、ホールとキッチンとを行きかう言葉もタイ語で、本当に現地にいるかのよう。
茨城にいながらにしてタイ旅行気分をたっぷり味わえる下館、どこも日本語は通じるし、タイ人の醸し出すのんびりした空気に満ちていて、半日旅にはちょうどいい場所です。
[All photos by Hirokazu Murohashi]
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