ミカン王国・愛媛から「聖地」を目指す西宇和

Nマーク
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 蛇口をひねるとミカンジュースが出る――こんな都市伝説が囁かれるほどのミカン王国・愛媛。ミカン産地は主に海岸線に面するエリアに広がる。その中でも農林水産祭で天皇杯を2度受賞するなど、品質の高さに定評がある西宇和地区のミカン生産地を訪ねた。

▽先人から引き継いだ段々畑

畑から出た石を積み上げて作られた段々畑。段差で畑全体に日光が注ぐ。
畑から出た石を積み上げて作られた段々畑。段差で畑全体に日光が注ぐ。

 松山市内から車で西に1時間あまり。産地は四国の「しっぽ」に見える佐田岬半島とその付け根部分、伊方町・八幡浜市・西予市にまたがる。

 この地区でミカン栽培が始まったのは明治28年。急峻な山地を開拓し、地中から出てきた石を積み上げ、今では地区のシンボル的な光景となった段々畑を作り上げた。畑の石垣は土の流動化を防止し、水はけ効果を高めるほか、木々に満遍なく日光を届かせ、冬場には保温効果も発揮する。

 農耕には向かない急傾斜地だが、温暖な気候と豊富な日照量、先人から引き継いだ段々畑によって、結果的に果樹栽培に適した条件がもたらされた。

 しかしいくら栽培条件が良いとはいえ、そこで働く農家の苦労は昔も今も変わらない。日々ミカンと向き合う若手農家の話を聞くため、段々畑に向った。

▽試行錯誤しながら

昨年4月に結婚した眞田稜太さん。その笑顔から幸せぶりがうかがえる。
昨年4月に結婚した眞田稜太さん。その笑顔から幸せぶりがうかがえる。

 「1年に1回しか実がならないミカン。まだ出来栄えに満足したことはない。いろいろ試したい」と貪欲に語るのは眞田稜太さん。

 高校卒業後2年間、東京の農業学校で学び、7年前に祖父母が運営していたミカン畑を引き継いだ。約1.5ヘクタールの畑では主に品種「清見(きよみ)タンゴール」と「デコポン」を栽培している。

 JA指導員や先輩農家に教わりながらも、昨年は自身の判断で、地表にシートを敷くタイミングを10月から9月に早めた。果樹が地中から吸い上げる水分量を制限するためだ。これにより果実の糖度が上がり、ミカンが格段においしくなる。一方で樹勢を弱めてしまうリスクを伴う。

 「日本一の清見を作る」と宣言する眞田さんの今シーズンの挑戦は、3月に収穫する「清見」の出来栄えで結果が出る。

▽Iターン組の希望の星に

斉藤誠二さんは同じくIターンした兄と「サンフルーツ」の収穫に励む。
斉藤誠二さんは同じくIターンした兄と「サンフルーツ」の収穫に励む。

 兵庫県で生れ育った斉藤誠二さんは、国の緊急雇用対策事業がきっかけでミカン農家となって4年になる。高校卒業後、アメリカでの農業体験や帰国後に就いた植木職人を経て、母親の出身地という縁もあり西宇和にIターン移住した。

 地元農家の畑を借りて働き始めた1年目、ミカンの皮に黒点が出る病気に手を焼いた。枯れ枝に発生した細菌が果実に付着してしまうことが主な原因で、梅雨の時期に発生しやすい。この苦労を糧に適切な農薬散布や剪定など、その後の栽培に生かしている。

 当面の目標はサラリーマンと同じく30年間働くこと。それに続く夢は、将来の後継者が販売や加工まで手掛けること。そのために自分は生産の基盤整備をしたいと意気込む。

 実直な話し方からは想像がつかないが、笑いつつも「欲の塊です」とは本人の弁。「お金を儲けている姿を見せることで、自分に続くIターン組に農家の魅力を届けたい」とミカンに懸ける情熱を語った。

▽自信の証し「Nマーク」

光センサーを照射し、傷だけでなく糖度や酸度を測定する。
光センサーを照射し、傷だけでなく糖度や酸度を測定する。

 農家が生産したミカンは選果場に集められ、人の目と光センサーによって、傷の有無や大きさだけでなく、糖度や酸度もチェックされる。同じ畑で作ったミカンでも日当たりや樹齢によって味が異なるため、選別は品質のばらつきを少なくする大切な工程だ。その品質の高さに定評がある西宇和で、昨年新たなプロジェクトが始動した。

 JAにしうわは平成30年度出荷分から、地域産の温州ミカンを「西宇和みかん」ブランドで統一した。段ボールや店頭販売の袋、店頭ツールに、品質を保証する「Nマーク」表示し「西宇和みかん」をアピールする。ミカン王国・愛媛において、西宇和は「みかんの聖地」「みかんのブルゴーニュ(みかんに特化した産地)」を目指す。

この道60年の清家シズエさんは「この仕事は誰にも負けない」。
この道60年の清家シズエさんは「この仕事は誰にも負けない」。

 全国的には知名度が高いとは言えない西宇和の地名。長年広く認知された「愛媛みかん」ではなく、あえて「西宇和」を冠するのは、品質に対する絶対的な自信と地域に寄せる誇りの表れだろう。

▽皮まで美味しく

「世界マーマレードアワード&フェスフィバル」5月に八幡浜市で開催。
「世界マーマレードアワード&フェスフィバル」5月に八幡浜市で開催。

 イギリスで2006年から始まったマーマレードのコンテスト「世界マーマレードアワード&フェスティバル」が、ことし5月に西宇和で開催される。地元特産のかんきつ類を材料にしたマーマレード作りで地域活性化を図ろうと八幡浜市が誘致に成功した。

 マーマレードの作り方はかんきつ類の皮や果実を細かく刻み、砂糖を混ぜて煮詰めていく。材料にする品種や煮詰める時間で味や食感が変わり、西宇和地区では自家製マーマレードを楽しむ家庭も多い。

 コンテストは製造業者だけでなく一般の人も参加でき、イタリア料理の落合務氏やパティシエの鎧塚俊彦氏などが審査員を務める。受賞作品はイギリスの老舗百貨店「フォートナム・アンド・メイソン」で販売される可能性もあり、八幡浜市から世界ブランドのマーマレードが生まれるかも。

▽噂を実体験する

松山空港に2017年にオープンした「Orange BAR」。蛇口から旬なミカンジュースが味わえる。
松山空港に2017年にオープンした「Orange BAR」。蛇口から旬なミカンジュースが味わえる。

 あくまでも都市伝説だった「蛇口からミカンジュース」。その「蛇口」が2017年7月、松山空港に開業した「Orange BAR」に常設された。

ミカンジュース2

 店のスタッフに350円を支払い、空のカップを受け取る。店舗に設置された蛇口をひねると、あの伝説を体験できる。
 空港を利用する人は、旅の始まりと終わりにぜひご賞味あれ。