災害を正しく恐れ防災を“我が事”に! 「世界津波の日」座談会で若者が提言

 2011年の東日本大震災の教訓を踏まえ、日本の呼び掛けで誕生した11月5日の「世界津波の日」。国連で2015年に制定され、津波対策への関心を世界に広げている。この世界津波の日を記念した座談会が東京都内で10月3日開かれ、武田良太・国土強靱化担当相らが防災活動に取り組む大学生3人を交えて若者の防災活動などをテーマに意見交換した。

 座談会は、武田国土強靱化担当相のほか、政府に国土強靱化施策についての助言を行うナショナル・レジリエンス(防災・減災)懇談会座長の藤井聡京都大大学院教授、東日本大震災の被災者で学生震災ガイドを務める東京福祉大1年の武山ひかるさん、学生防災団体を立ち上げた共に静岡大3年の河村拓斗さん、上田啓瑚さんが参加した。進行役はフリーアナウンサーの戸丸彰子さんが務めた。

「世界津波の日」座談会の参加者
「世界津波の日」座談会の参加者

武田 世界津波の日の制定当時、仲間の国会議員と手分けして各国に協力を呼び掛けた。東日本大震災のニュースが世界に伝わっており、各国は快く賛同してくれた。世界津波の日の制定前後で防災意識は変わってきた。今日は皆さんのご意見を聞き防災対策に生かしたい。

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戸丸 武山さんが語り部を始めたきっかけは何ですか。

武山 東日本大震災時に助けてもらった恩返しがしたかった。中学生で語り部をやりたいと思い始め、高校生になって同年代の友達と一緒に「東松島市学生震災ガイドTTT(TSUNAGU Teenager Tourguide of HigashiMatsushima)」という若者のグループに加入した。これまでに100回以上、ガイドや講演をしている。講演は、カードゲームを使うなど若い世代が楽しめるよう工夫する。小さな子どもたちには、自分や友達の震災体験を絵本にして読み聞かせて、震災の現実や防災の重要性を分かりやすく伝えている。絵本は手描き。最近インターネット上で寄付を募るクラウドファンディングでお金を集めて機材をそろえたので、今後はデジタル編集で絵本を制作したい。いま手元にあるのが手描きの絵本です。

防災に興味を持ってもらおうと武山さんが作った絵本
防災に興味を持ってもらおうと武山さんが作った絵本

戸丸 河村さんと上田さんが「静岡大学学生防災ネットワーク」をつくったきっかけは。

河村 中学生の時に東日本大震災の被災地を訪れ、防災に関心を持った。被災地支援のボランティアを個人的にしていたが、他大学の学生防災団体の活発な活動や熱意に触発されて、団体の重要性を痛感し、静岡大にはなかったことから自分たちで団体をつくった。

 ●同世代の活動に衝撃受ける―河村さん

河村 拓斗氏(かわむら・たくと)静岡大3年生。1998年まれ。2018年に創設した「静岡大学学生防災ネットワーク」の代表を務め、活動拠点の静岡県での防災啓発や国内の被災地支援に取り組む。愛知県出身
河村 拓斗氏(かわむら・たくと)静岡大3年生。1998年まれ。2018年に創設した「静岡大学学生防災ネットワーク」の代表を務め、活動拠点の静岡県での防災啓発や国内の被災地支援に取り組む。愛知県出身

上田 防災への関心は祖父母の影響が大きい。マジックや紙芝居で多くの子どもたちに防災の大切さを教える祖父母のボランティア活動を見て育ったので、自然に防災への関心が芽生えた。防災を学ぶために入学した静岡大で“同志”に出会い、個人と地域の防災力向上を目指す学生団体を設立した。

戸丸 団体はどんな活動をしていますか。

上田 メンバーは「応急手当普及員」など防災活動に必要な各種資格を取得し個人の防災力を磨きながら被災地でボランティアをしている。また、地元の地域住民と一緒に危険箇所や避難施設などを回る「防災まち歩き」や子ども向けの防災イベントなどを行っている。

●地域の防災力向上に貢献したい―上田さん

上田 啓瑚氏(かみだ・けいご)静岡大3年生。1999年生まれ。「静岡大学学生防災ネットワーク」創設の中心メンバーとして広報を担当。個人の防災力向上と地域への貢献を目指している。三重県出身
上田 啓瑚氏(かみだ・けいご)静岡大3年生。1999年生まれ。「静岡大学学生防災ネットワーク」創設の中心メンバーとして広報を担当。個人の防災力向上と地域への貢献を目指している。三重県出身

戸丸 上田さんと河村さんの活動拠点である静岡県は「南海トラフ地震」の発生が懸念される。被災者の武山さんに聞きたいことは。

上田 東日本大震災の前にやっておけばよかった、と後悔することを教えてほしい。

武山 後悔は数え切れない。防災や津波に詳しかったら、友達や知人を亡くさずに済んだのではないか、という思いが強い。震災時は小学4年で、知識・経験がなく、車いす利用者の手伝いができなかった。近所に車いすを利用する人がいたのに介助に無関心だった。震災前に地域や近所の人のことをよく知り、災害時に何ができるか考えておくべきだった。

河村 防災への意識、当事者意識を高めるために必要なことは。

武山 普段から自分の身を守る、周囲の人を助ける「自助」「共助」に役立つ知識を持つことが大切だ。災害時にすぐ出せる防災知識の引き出しを増やすことが防災意識、防災力を高める。また多くの人に防災を「我が事」にしてもらうには、堅苦しくて面倒くさいものと思わせずに、楽しみながら防災を考えていただく工夫が必要。例えばワークショップの参加者に仮に「避難所運営の責任者」になった場合、どう運営するかを考えてもらう。ゲーム感覚で参加できるので構えずに自然に当事者意識が高まる。

戸丸 若い3人の取り組みへのご意見を。

藤井 友人、知人を亡くした武山さんの話が胸に響いた。震災の話は耳には届くが、そのまま伝えただけでは、平穏無事に暮らす人々の心にまでは響かない。大切な人を災害で失う事が実際にどういうことなのかを伝えることは難しい。その中で武山さんは、いろいろ工夫して大切なことを伝えようと努力されている。武山さんの話が人々の耳に届いて鼓膜を動かすだけでなく、一人でも多くの心に響いてほしい。
 2011年3月11日午後2時45分の世界と、2時46分(東日本大震災の発生時刻)の世界には〝断絶〟がある。発生前の世界にいる上田さん、河村さんは想像力を働かせて発生後の世界に手を伸ばしている。2つの世界の断絶を若い力で架橋し、今後発生が想定される南海トラフ地震で亡くなる人を一人でも多く減らしてほしい。

●高校生サミットで次代の防災リーダーを育成―武田国土強靱化担当相

武田 良太氏(たけだ りょうた)1968年生まれ。早稲田大大学院修了。2003年衆院選初当選、衆院当選6回。2013年9月防衛副大臣、2019年9月から防災担当・国土強靱化担当相。福岡県出身
武田 良太氏(たけだ りょうた)1968年生まれ。早稲田大大学院修了。2003年衆院選初当選、衆院当選6回。2013年9月防衛副大臣、2019年9月から防災担当・国土強靱化担当相。福岡県出身

武田 中国の古典(列子)に「愚公山を移す」という言葉がある。人々に笑われながらも通行に邪魔な山を移そうと土を運び続けた愚公に対し、神が感心して山を移した寓話にちなむ。たゆまぬ努力を続ければ大事業もいつか実現するというたとえだ。誰かが最初に一生懸命やらなければ、活動は広がらない。今後も活動の輪を広げてほしい。

戸丸 3人の活動は頼もしい。次代の防災を担う若い世代への期待は。

武田 世界の高校生を一堂に集めて防災対策を議論する「世界津波の日高校生サミット」を日本で毎年開き、将来の防災リーダーを育てている。4回目の高校生サミットを今年9月10、11日の両日、北海道で開催した。日本を含め44カ国の約400人の高校生が参加した。地震や津波が起こった時に何をしなければならないかを考え出す思考力の鍛錬や次代を担う若者たちの国際防災ネットットワークづくりに取り組んでほしい。

戸丸 最後に一言。

河村 上の世代から受け継いだ防災知識・活動を、僕たちなりの工夫・解釈を加えて、僕たちより若い世代の高校生や中学生に伝えて引き継いでいきたい。この世代間のつながりを大切にしたい。

上田 お年寄りから若い世代まで僕たちの世代がつなげ、防災活動の裾野を広げていきたい。

 ●正しく恐れて身を守れ―武山さん

武山 ひかる氏(たけやま・ひかる)東京福祉大1年生。2000年生まれ。東日本大震災震災ガイドグループ「東松島市学生震災ガイドTTT」へ2016年に加入。被災体験を伝える。宮城県出身
武山 ひかる氏(たけやま・ひかる)東京福祉大1年生。2000年生まれ。東日本大震災震災ガイドグループ「東松島市学生震災ガイドTTT」へ2016年に加入。被災体験を伝える。宮城県出身

武山 私たちの世代で「災害」の認識を変えたい。災害をただ、怖いもの、危ないもの、たくさん人が死ぬもの、と認識するだけでは駄目。防波堤や防潮堤など行政のハード面の防災対策をしっかり理解すると同時に、「自分たちにできることは何か」という自助・共助のソフト面も併せて考えていく。私たちの世代は災害を正しく恐れた上で、公助・自助・共助を連携、機能させてしっかり自分の身を守る。「災害を正しく恐れて自分の身を守れ」を私たちの世代のメッセージにしたい。

●梧陵の物語を国民の常識に―藤井京都大大学院教授

藤井 聡氏(ふじい・さとし)京都大大学院修了、工学博士。1968年生まれ。2009年京都大大学院教授。2013年からナショナル・レジリエンス(防災・減災)懇談会座長。奈良県出身
藤井 聡氏(ふじい・さとし)京都大大学院修了、工学博士。1968年生まれ。2009年京都大大学院教授。2013年からナショナル・レジリエンス(防災・減災)懇談会座長。奈良県出身

 

藤井 今後、確実に津波は来る。その津波の死者をゼロするか、それとも数万人にするかは我々の努力にかかっている。世界津波の日の由来である「浜口梧陵」の物語は、有用な堤防事業など津波から多くの人命や町を救った知恵、教訓が詰まっている。この浜口梧陵の物語を国民の常識にしていきたい。

武田 昨今の状況を考えると、日本はどの地域に住もうと災害が発生する「災害列島」だと認識する必要がある。国はそれぞれの地域が、しっかりとした地域防災力を確立できるよう総力を挙げてバックアップするとともに、災害にもろい部分を強くする国土強靱化を先頭に立って進める。

世界津波の日
2011年3月11日の東日本大震災の津波被害を受け、日本は同年6月、防災意識の向上のため法律で11月5日を「津波防災の日」とした。同じ11月5日を「世界津波の日」としたのは2015年12月の国連総会。提唱者の日本を含む世界142カ国が共同提案し全会一致で採択された。日にちは1854年11月5日の「安政南海大地震」で、和歌山県の浜口梧陵が機転を利かせ、収穫した自らの稲に火を付け避難を促し、多くの人命を津波から救った偉業を基にした「稲むらの火」という物語にちなむ。その後、梧陵は堤防建設にも取り組み、後の津波からまち全体を救った。