「奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島」が2021年7月26日、世界自然遺産に登録された。地元では、新型コロナウイルスの影響で落ち込んだ観光需要の回復に期待が高まるとともに、奄美大島と徳之島がある鹿児島県・奄美群島では、外国語で観光案内する「奄美群島地域通訳案内士」の活躍に注目が集まっている。2021年4月1日現在、群島内の地域通訳案内士は113人(英語86人、中国語27人)。育成に取り組む奄美群島広域事務組合は2023年度までに、韓国語を加えた3カ国語計186人に増やす計画で、コロナ収束後に急増が予想されるインバウンド(訪日外国人客)の受け入れ態勢の強化を図る考えだ。
大型クルーズ船寄港やLCC(格安航空会社)就航などによる外国人観光客の増加を見据え、奄美では2014年3月改正の奄美群島振興開発特別措置法(奄振法)で奄美地域特例の通訳案内士制度を創設した。その後、2018年1月に改正通訳案内士法が施行されたことから、研修を経て修了試験に合格し、登録手続きを行えば、特例通訳案内士ではなく地域通訳案内士として通訳ガイドの活動ができるようになった。
人材育成へ奄美5島でFAMトリップ
多様化するガイドニーズへの対応や通訳案内士らのスキルアップを図るため、同組合は2018、19年度の2カ年に渡り、「奄美群島育成人材フォローアップ事業」を企画。その一環で、外国人を招いて現地を視察してもらうツアー「FAMトリップ」を奄美5島で実施した。各島で滞在型観光メニューを用意し、現地の通訳案内士がエコツアーガイドと一緒に外国人を案内した。ガイドの説明を通訳案内士が訳して外国人に伝える流れの中で、自然や文化に関連した通訳では専門的な用語で苦戦したほか、ガイドとの連携がうまくいかず説明が曖昧な形で終わってしまうなど課題が浮き彫りになった。一方で、参加した外国人たちは「この島にしかないものがたくさんある」「観光スポットに加え、おいしい食もあり、観光地としての魅力は十分」「とても幸せな時間を過ごすことができた。沖縄とは違う奄美のいいところをたくさんの人に知ってほしい」と感想を語り、通訳案内士の今後の活躍に期待を寄せた。
2年連続で実施したFAMトリップには、地元の小中学生が参加したのも特徴だ。通訳案内士らの仕事ぶりを間近で見て学び、生まれ育った地域の魅力も再確認した。参加した子どもたちは「ガイドの説明で見慣れた風景や島の歴史が奥深いことを知り、島が好きになった」「島のことを知り、島を誇りに思えるようになった」「外国人との交流を通して、通訳案内士の仕事に興味を持つことができた」などと話していた。
2020年度は新たな体験ツアーの創出などを目的に、検討会や島内在住の外国人向けモニターツアーを実施するなどして、ガイドと通訳案内士のさらなる連携強化を図った。
通訳案内士の働く場創出が課題
育成に向けた取り組みが進む一方、通訳案内士が実際に活躍できる場が少ないとの問題もある。海や森といったフィールドでエコツアーガイドが報酬を得て活動しているのに対し、通訳案内を生業とする人はほとんどいないのが現状だ。同組合の担当者は「昨年から新型コロナの影響で大型クルーズ船の寄港がなくなるなど、通訳案内の実践の場が減っている。今後、働く場を作っていくためには通訳案内士の存在をより広く周知していく必要がある」と指摘。英語などでのガイドを希望する外国人と地元の通訳案内士をマッチングする仕組みづくりも今後、重要になるとみている。
鹿児島県の統計によると、コロナ前の2019年に奄美群島外から群島内の各島を訪れた来島客(入域客)数は過去最多の68万558人だった。前年比2437人増で9年連続の増加。世界自然遺産登録を見据えた情報発信の効果や、航空路では鹿児島―奄美大島線への新規乗り入れをはじめ、沖縄と奄美各島を結ぶ「アイランドホッピングルート」の通年運航が来島者増につながった要因とみられている。コロナの影響が大きかった2020年は、入域客が前年比43.6%減の38万3953人にまで減少。1972年以来48年ぶりに40万人を割り込んだ。奄美の経済界では、世界自然遺産登録効果によってコロナ収束後に外国人観光客の群島への入り込みが急増するとの見方が強い。それを裏付けるかのように、登録決定後はコロナが再拡大するまでの期間、一時的ではあるが多くの観光客が奄美を訪れ、奄美空港(奄美市笠利町)は連日、全国各地から訪れた来島者でにぎわいを見せた。4泊5日の日程で奄美大島を観光した広島県の男性(63)は「世界自然遺産になると聞き、3年ぶりに行ってみようと思い妻と計画した。奄美の料理は味付けが最高で、特に島豚がおいしい。自然も豊かでさすが世界自然遺産の島だと思った」と満足した様子だった。
「コロナ禍は準備期間」。受け入れ態勢づくりへ気持ち新たに
徳之島では2017年、外国人観光客の受け入れ体制の構築を目指して通訳案内士が集い「結ランダー徳之島」を組織した。現在は通訳案内士11人で活動中。代表の叶幸代さんは「来島者、島民両方が島に来てよかった、来てもらってよかったと思えるような態勢をつくっていきたい。そのためにも、私たちは準備や研修を続け、スキルアップしていくとともに、島民の皆さんが外国人のお客さまを迎えるためのお手伝いをしていきたい。具体的には、島内の各施設で使える英会話シートの作成、エコツアーガイドと一緒に研修や勉強会、そしてオファー(予約)からガイドツアーまでのスムーズな体制づくりを行っていきたい」と意気込む。
世界自然遺産登録効果は登録地以外の島にも波及するとみられる。沖永良部島では2018年、「おきのえらぶ通訳ガイド協会」が有志によって設立された。地域貢献や島ならではのおもてなしの創造などを活動方針に掲げ、島内の地域通訳案内士7人で活動中。コロナ禍で外国人の来島が見込めないため、思うような活動はできていないが、公民館講座の講師や島内宿泊施設の館内案内を英訳する業務などに取り組んでいる。
同会の有川晶子代表は「コロナ禍の今を準備期間と捉え、新たな観光ツアーを考えながらホームページの作成や情報発信に力を入れている。メンバーにはそれぞれ本業があり、通訳案内士の活動は副業的な位置付け。地域通訳案内士という仕事に子どもたちが興味を持ち、将来島に戻って来るきっかけにもなるよう、活動を通して地位確立を目指していきたい」と力を込めた。
編集・制作=南海日日新聞社
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