「自然共生サイト」認定の椀子ヴィンヤードは、ネイチャーポジティブのお手本  シャトー・メルシャンのSDGsツアーで体感しよう!

  椀子ワイナリーは、オープン時から「地域との共生」「自然との共生」「未来との共生」をかかげ、地域活性化にも貢献している。その一環として、地元の塩川小学校の5年生のブドウ植樹体験、4年生のブドウ収穫体験、3年生のジャガイモ栽培に協力しており、収穫後ではあったがジャガイモ畑を見せてもらった。塩川小学校には、農研機構の指導の下、挿し木でクララを増やす活動にも参加してもらっている。その後、隣接する一本木公園に行き、貴重なクララが自生している場所も見ることができた。

クララが自生している場所がある一本木公園
クララが自生している場所がある一本木公園

 そして、ワイナリーに戻り、雨水回収の仕組みやグラビティ・フローの施設、サステナブル認証を取った木材を使った貯蔵樽などを見て見学は終了となった。時間にして約1時間、歩いた歩数は約3,000歩のツアーであった。

 その後、ツアー参加者は椀子ワイナリー自慢のワイン6種のテイスティングも行い、大満足。田村ワイナリー長との質疑応答も時間をオーバーするほど盛り上がり、参加者のSDGsへの関心の高さがうかがえた。

SDGsツアーでは3000歩ほど歩いた
SDGsツアーでは3000歩ほど歩いた
「自然共生サイト」に認定され「30by30」に貢献

 SDGsツアーはなぜ実現したのか。ツアーを企画した、メルシャン(株)マーケティング部の尾谷玲子さんはそのいきさつをこう語る。

 「当社がワインを輸入しているコンチャ・イ・トロというチリのワイナリーはサステナブルなワイン造りに力を入れており、B Corp(地球環境に配慮した存在価値のある企業)として認証されています。椀子ヴィンヤードも生物多様性が高いと以前から評価され、2023年10月には環境省の『自然共生サイト』に正式認定されました。メルシャンでは『ワインにおけるサステナブル』をテーマとしたセミナーも開催していて大変に盛況で、昨今SDGsへの高い関心を実感していました。これらの状況から、シャトー・メルシャンが先頭を切ってSDGsツアーをやらねばと椀子ワイナリーに相談したところ、ぜひやりましょうということで9月から始めました。今年は2回でしたが、来年は3・4・7・9・11月の5回開催する予定です」

運搬用のケースは1万5000箱あり、古いものも大切に使用している。一番古いものは1978年製だ
運搬用のケースは1万5000箱あり、古いものも大切に使用している。一番古いものは1978年製だ
ワイン貯蔵庫の温度管理は自然の外気を利用し、エアコンの使用は必要最低限にしている
ワイン貯蔵庫の温度管理は自然の外気を利用し、エアコンの使用は必要最低限にしている

ワイン醸造エリア
ワイン醸造エリア
ワインの貯蔵樽には、森林認証(PEFC)を得たものも使われていた
ワインの貯蔵樽には、森林認証(PEFC)を得たものも使われていた

 尾谷さんの話に出てきた「自然共生サイト」とは何か。理解するカギは、2022年12月に開催された生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で採択された、新しい世界目標「30by30(サーティ・バイ・サーティ)」だ。これは、2030年までに世界全体の陸と海の30%を保全しようという目標で、日本を含むG7各国は2030年までに自国の陸域、海域の少なくとも30%を自然環境エリアとして保全することを約束している。日本は自然公園などの保護地域が陸に20.5%あるため、残りの約10%を民間などの緑地を活用して達成することを決定した。そのため環境省は「民間の取組等によって生物多様性の保全が図られている区域」を「自然共生サイト」と認定する制度を創設したのだ。2023年4月に申請を受け付け、10月に「自然共生サイト」として初の認定を受けたのは122カ所。「椀子ヴィンヤード」は、その中で唯一、事業として農産物を生産する畑である。ビジネスとして運営しているブドウ畑が生物多様性の保全に貢献——なんとも胸のすくような驚く話ではないか。

 「自然共生サイト」は、メルシャンが属するキリングループを代表してキリンホールディングスが申請を行った。同社CSV戦略部シニアアドバイザー藤原啓一郎さんに、申請の意図をうかがった。

 「目的は二つありまして、一つは椀子ヴィンヤードの生物多様性が非常に豊かなことをアピールしたかったこと。

 もう一つは、ちょうどこのタイミングでTNFDだとかSBTNといった自然資本のガイダンスや目標設定が世界で決まりつつある状況が並行して起こっていました。『自然』は、欧米では保護するもの。人間の生活と切り離して保護地にするという考え方です。ところが日本やアジアには里地里山に代表されるように、農業や林業を営みながら守っていく“二次的自然”があり、これが自然の大半を占めています。椀子ヴィンヤードも人の手が加わっているからこそ豊かな生物多様性が維持されている。

 欧米流の発想で国際ルールが決められると、二次的自然は自然ではないことになってしまうかも知れない。椀子ヴィンヤードがネイチャーポジティブだと言ってもキリングループの中では非常に小さな事業であり、決してキリングループ全体がネイチャーポジティブになった訳ではありません。その中で、さまざまなところで椀子ヴィンヤードのネイチャーポジティブを希求しているのは、二次的自然の重要性を主張し、国際ルールに反映してもらう重要なタイミングだったからなんです」

 いま、世界の経済界で気候変動に次いで大きなトレンドとなっているのが「自然資本」であり、「生物多様性」といわれている。「カーボンニュートラル」に次ぐ合言葉は「ネイチャーポジティブ」だ。すなわち、「生物多様性の損失を食い止め、回復軌道へ反転させること」である。気候変動も重要な問題だが、生物多様性の保全も待ったなし。生物は絶滅してしまうと取り返しがつかないからだ。

 食品メーカーのキリングループは、2013年に経済的価値と社会的価値の両立を目指すCSV経営に舵を切り、「長期環境ビジョン」を発表。生物資源、水資源、容器包装、気候変動の四つをグループの重要テーマと位置付け、これらの課題を統合的に解決する一環として「生物資源利用行動計画」を定めて、生態系の調査や保護を推進してきた。2023年に公開した「環境報告書」では、世界に先駆けて、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)とTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)に基づく開示を別々ではなく統合して行った。気候変動にも生物資源にも統合的に取り組んで、社会にポジティブなインパクトを与えようというのが、グループの目指すところだ。

 実は椀子ワイナリーでは今年、一般向け以外にもメディアや国内外の投資家などが参加するSDGsツアーを複数回実施した。自然資本に関するエキスパートともいえる海外の投資家たちが、「ネイチャーポジティブ」のお手本のような椀子ヴィンヤードを目の当たりにした後で、そこで生まれたワインを味わうことで、椀子ヴィンヤードのサステナブルなワイン造りを深く理解し、絶賛して帰ったという。