
ランタンを手に薄暗い森に足を踏み入れた瞬間、神秘的な冒険が始まる。予約困難な大阪・関西万博の人気パビリオンの中でも、期待を裏切らない満足度で注目を集める「住友館」だ。総合プロデューサーは、2005年愛・地球博トヨタグループ館をはじめ、ミラノ万博やドバイ万博の日本館を手掛けてきた内藤純さん。今回、副館長の安永明史さんとともに、その特別な魅力の秘密を案内してもらった。
■冒険を演出する
住友館は、「森」というテーマをどう演出に落とし込んだのだろうか。
内藤 森って一般的によくあるテーマなんです。フューチャーフォレストとかコミュニケーションフォレストとかね。概念的になりがちなので、「建物の中に森を作るので、本物以上の森を作ろう」と考えました。クリアな森よりはモヤのかかった森にしたくて、ミストの他に照明と映像を使い、造作は、とにかく本物に近いものを目指しました。志としては「ディズニーを超えるぐらいのものを作ろう」って。模型を作り、スマホで人目線になって撮影しながら作り込みました。種類で言うと、草花も含めて100種以上あります。


内藤 テクニックで工夫したのはランタンです。これまでいくつかの博覧会で、この手のデバイスで位置情報やその他のデータを取ることをやってきて、それはそれでインタラクティブで面白いんですが、空間の中で邪魔になるんですね。邪魔にならず、むしろ相乗効果になるものを考えた末に、ランタンにたどり着きました。

内藤 今の世の中、博覧会に対して結構否定的じゃないですか。何でもスマホで見られるし、映画ならNetflixで見ればいいのにと。わざわざ行くからには、不特定多数の人が同じ空間にいてシナジーを生み出せないと意味がないので、ランタンを持つ人々の姿を情緒的に見せようと思ったんです。映画館は客席からの一方向だし、インタラクティブ展示も、隣の人が何かしていようがしてなかろうが割と関係ない。でも今回は、森に入ってランタンを持って歩く人たちの中に自分がいて、その人たちと時折交差する。その体験が、博覧会ならではだと考えたのです。
「もうすぐこの森に嵐がやってきます。今すぐ森の奥へ急ぎましょう」――。冒険タイムの終了とともに、臨場感ある声に誘われ、マザーツリーの根の奥へと人々が移動していく。住友館の特別さは、こうした来場者を動かす誘導方法にもある。

安永 万博とかいろんな施設で、「こっちへ行ってください」とか「ここから出ていってください」と言われると、興ざめしますよねと。
住友館は、ランタン受け取りと映像鑑賞に20分、森の冒険に20分、スタンバイエリアとシアターで20分、移動を含めて合計約65分の構成。そのため、およそ20分ごとにエリアを移動する。
内藤 初めの頃、「出口はどこですか、どうやったら出られるんですか?」「あと何分ですか?」と聞かれました。一人で来た人は、一人で冒険することになるので早く出たかったんでしょう。途中では抜けられないようになっているので(笑)。
取材中も、森に入ってすぐ「順路はどうなってるの?」と戸惑う声が聞こえた。だが、住友館に順路表示はない。来場者は身に染み付いた習慣を捨て、自らの足と感覚で、未知の森を進んでいくしかないのだ。

■人が生み出すぬくもり
「私の命は尽きようとしています。だけどそれは、誰かの始まりに。だけどそれは、誰かの新しいリズムに」――。住友館のクライマックス「いのちの物語」のシアターでは、映像とともに人が舞い踊る。ダンサーは森に吹く「風」だ。
内藤 シアターも、通常の映画館ではないものを目指しました。手前に紗幕のスクリーンがあって、間に人が欲しいということで、ダンサーを置きました。当初は、宙を飛んだりも検討して(笑)。「本物の人間ですか、CGじゃないんですか」と聞かれたこともあります。

安永 ドバイ万博に事務局として行かせていただいた時に、巨大スクリーンや迫力ある映像の展示がほとんどの中、あるパビリオンに「人」が出てくるコンテンツがあったんです。映像に飽き飽きしていた頃だったので、人間って温かいなと思いました。それで人を組み込んでいただきました。
内藤 来場者と向き合うとき、最後は人が必要です。アテンダントの役割も実は大きくて、小さなお子さんを見かけると、ライトを当てて「カブトムシがいるよ」と話しかけたり。最後は、人と人のコミュニケーションが不可欠だと思っています。

高クオリティーの持ち歩くデバイス、バーチャルに傾倒せず人を登場させたシアター、そして世界観を壊さないオペレーション。住友館には、来場者が「パビリオンに求めるもの」がすべて詰まっていた。日本的自然観のストーリーも相まって、その充実ぶりから、ふと“もう一つの日本館”というフレーズが浮かんだ。
次回は、パビリオンの外へと広がる物語。住友館が未来へ残そうとするレガシーに迫る。