
ランタンを手に薄暗い森に足を踏み入れた瞬間、神秘的な冒険が始まる。予約困難な大阪・関西万博の人気パビリオンの中でも、期待を裏切らない満足度で注目を集める「住友館」だ。総合プロデューサーは、2005年愛・地球博トヨタグループ館をはじめ、ミラノ万博やドバイ万博の日本館を手掛けてきた内藤純さん。今回、副館長の安永明史さんとともに、その特別な魅力の秘密を案内してもらった。
■なぜ森なのか
住友館の中は精巧に作られた森。ランタンの明かりを頼りに進むと、さまざまな動物や虫などの生き物が現れ、命の物語を見せてくれる——。住友館はなぜ「森」がテーマなのか。まずはそこからだ。
内藤 別子銅山が住友グループのルーツだから「森」をテーマに、というのが割と早い段階で決まっていました。

安永 正式にテーマが決まる前に、「住友として万博にパビリオンを出す意味は何か」を事務局でも考えたんです。別子銅山をはじめ、いろんなところに足を運んで。

住友家が愛媛県新居浜市に別子銅山を開いたのは1691年のこと。日本の近代化に貢献するも、19世紀末には長期の伐採と煙害により森は荒廃の危機を迎える。
内藤 森が、当時としては文明的にも非常に高度な産業技術をつくり、銅山として栄えました。ただ、当時から現代に至るまでのおよそ400年間、決していいことだけでなくて、別子の森を切り開いた結果、木がなくなったり、いろいろ失敗もしました。そこで、早い段階から森を再生する活動をしていたそうです。今で言うところのSDGsです。
安永 住友グループには、「自利利他公私一如」という事業精神があります。「住友自身を利するだけでなく、国家や社会全体を利するものでなければならない」という意味です。森を再生させるため、多い時は年間200万本以上の植林を行い、100年かけて豊かな緑を取り戻したんです。
内藤 別子銅山に登ると、400年という時の流れみたいなものを感じるんですね。その悠久の時間を表現したくて、時間を「風」に置き換えました。「森」は社会やコミュニティーで、「風」は良いことも悪いことも含めた飽くなきチャレンジと捉えたのです。

■SDGsを啓蒙(けいもう)しない森
「私は森の隅々まで根を広げ、たくさんの命とつながっています。私が力尽きる前に、この森の命のつながりを知ってほしい」——。冒険に出る前にマザーツリーが来場者に呼びかける言葉だ。
内藤 「マザーツリー」という本を書いたスザンヌ・シマードというカナダの森林生態学者がいます。親なる木があって、動植物は菌根を通して助け合っている。種が違う生き物同士が、科学的にはある程度対話をしているというのです。400年は人の一生とすれば長いけれど、木や森になると数千年から1億年以上前のものもある。時の流れは生き物によって異なることから、人間を主役から外したんです。よくありがちな人間の里山破壊とかではなくて、人間ではない動植物、もっというと、森の誕生までさかのぼって命の物語を見せようとかじを切ったんですね。

内藤 人間が知らない命の物語が森の中にあるということで、UNKNOWN FORESTにしました。森へ行けと押し付けがましく言うと面白くないので、「知らないところへ行く」んだから「冒険」ということにして。
多くのパビリオンが自然破壊への警鐘やSDGsを前面に打ち出す中、住友館からは“啓蒙”を感じない。
内藤 SDGsは基本的に、人対自然という人間中心です。人間中心で語るのをやめた時点で、SDGsが消えました。環境保護の大切さは当たり前のことなので、頭ごなしに言うのではなく、森の中で動植物が互いに助け合う姿を見せようと考えたんです。生き物に完璧などなく何かが欠けていて、互いが共存して成り立っている。それは人間も同じ。この考えは、日本人の自然観に近いのかなと思っています。


マザーツリーの正体は、約15分のシアター映像「いのちの物語」でより明確になる。小さな木の芽吹きから始まり、森の誕生、繁栄、破滅、そして再生。不完全な存在が、森という大きな生命ネットワークの中で支え合う。日本のアニミズムや生命樹信仰にも通じる自然観だ。
次回は、建物の中に森を再現した住友館の演出と、その裏に隠された来場者体験設計の工夫に迫る。