20世紀中~後半のフランスを代表する大家メシアンが1948年に完成した「トゥランガリーラ交響曲」(従来は「トゥーランガリラ」の表記が一般的だった)という作品がある。名称は、サンスクリット語を用いた造語で、大まかに言えば「愛の歌」の意味。多数の打楽器を用いた巨大編成のオーケストラにピアノとオンド・マルトノ(1928年に発明されたシンセサイザー風の電気楽器)のソロを加えた、全10楽章の壮大な管弦楽曲で、〝現代音楽〟の中では屈指の人気を誇っている。
この曲は、ボストン交響楽団の音楽監督クーセヴィツキーの依頼で作曲され、1949年にバーンスタイン指揮ボストン響によって初演された。今回ご紹介するのは、2024年4月にボストンで行われた初演75年周年記念公演のライブ録音。演奏はアンドリス・ネルソンス指揮ボストン響、ピアノがユジャ・ワン、オンド・マルトノがセシル・ラルティゴーである。

メシアン:トゥランガリーラ交響曲
ユニバーサル UCCG-45127 3300円
1978年ラトビア生まれのネルソンスは、今や世界トップ級の指揮者の一人で、2014年からボストン響の音楽監督を務めている。中国出身のユジャ・ワンは超絶的な技巧と奔放なキャラクターで人気のピアニスト、フランス出身のラルティゴーは稀少な実力派オンド・マルトノ奏者だ。
本盤の大きな特徴は、同曲が〝現代音楽〟ではなく、〝古典〟として表現されている点だ。これまでは、メシアン本人とつながりのある指揮者が、清新な響きや前衛性を強調した演奏を聴かせていたが、本盤では、作曲者と関係を持たないネルソンスによって、明快でスタイリッシュな音楽が生み出されている。これこそがお薦めするゆえんである。
もう一つの特徴は、従来の録音に比べるとオンド・マルトノを突出させず、ピアノがクローズアップされている点だ。
曲は、色彩感とリズムを持った音楽。本盤の演奏は、そうした特質に加えて、さまざまな動きが明瞭に表出され、全体がすこぶる聴きやすい。中でもユジャ・ワンのピアノが秀逸だ。その演奏は終始雄弁で煌(きら)めいており、「ピアノがこれほど活躍する曲だったのか」と認識を新たにさせられる。
75年前に初演された曲はもはや〝ニュー・クラシック〟なのだ。これは、〝現代音楽〟を敬遠しがちなファンの入門編としても最適といえるだろう。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 34からの転載】
柴田克彦(しばた・かつひこ)/ 音楽ライター、評論家。雑誌、コンサート・プログラム、CDブックレットなどへの寄稿のほか、講演や講座も受け持つ。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)、「1曲1分でわかる!吹奏楽編曲されているクラシック名曲集」(音楽之友社)。