東京のJR中央線高円寺駅近くの商店街をぶらついた先に「本の長屋」がある。
本棚を眺めると、「じんえもん」「有志舎」などと「函(はこ)店主」の名が小さな紙で張ってある。
店の奥に座って店番をしていた河合裕司さん(61)にあいさつをすると「本のお尋ねよりも、棚を借りる相談の方が多いですかねえ」。
本棚は、1本丸ごと(7〜9段)で、月に1万4千円。約200冊の本を並べることができる。棚や箱一つなら月6千円(上段なら2500円)見当だ。月1回程度の店番をボランティアでしてもらう。
河合さんは、勤めていた会社の役職を離れたため、昨年から週末の店番を引き受けている。棚も4段借りている。「自宅マンションに本の置き場がないのが悩み。店番しながら本を読んでいます。ここにいると新しい本をどんどん読みたくなります。だから、私の棚には毎月10冊以上の新刊本が並びます」。先ほどの「じんえもん」は、河合さんの棚で、故郷の実家の屋号からとったものだ。
大学教授がゼミ生と参考図書を共有する棚や、将棋好きの小学生が母親とともに、お好みの本や「王将」の小さな座布団飾りを並べる棚も。「有志舎」は、歴史ものを中心とした新刊本を置く。こうした「シェア型書店」は最近増えて、全国に100店舗以上に広がった。
「本の長屋」は100年以上前の大正時代に作られた4軒長屋の西端にあり、2階の部屋は、棚主や仲間たちが読書会や研究会を開いて「さまざまな言葉を生み出し、人と人が言葉でつながってほしいと願い、『つながるところ』と名づけました」。店主の狩野俊さん(53)は語る。
狩野さんは、4軒長屋の東端で、居酒屋と書店が一緒になった「コクテイル書房」を経営する。2階から、猫の声がする。西端の美容室が廃業したのを機に「本の長屋」に改装したのが2年前。昨年夏には道を挟んだ隣の理容室が閉店したため「本店・本の実験室」を新たにオープンした。
「実験室」は、約40平方メートル。真ん中に8人がけのテーブルが置かれ、周囲を幅50センチの7段×23列の本棚が囲む。棚・箱貸しの値段を再検討、SNS全盛時代に「シェア型書店、本の実力を試す」実験を試みる。
この10年に全国で約3割の書店が消えた。文化庁の調べでは、2023年に「月に1冊も本を読まない」人が過去最高の62.6%に達した。
若者らは情報を長い文章で読むよりも、SNSの短い投稿や動画から得て、拡散する傾向を強めている。狩野さんは「お客さまは若い男女が多い。ヨーロッパも含め、Z世代はアナログを好む傾向が見られ、本屋の未来は明るくなると信じている」。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.39からの転載】