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オフィスで輝く女子アスリート~二刀流が切り開く新しい働き方(上) 両立続ける女子選手の覚悟 企業の可能性開くアスリート雇用

 世界中を熱狂させた2026年サッカーワールドカップ(W杯)。強豪国のハイレベルな試合や、日本代表の激闘に胸を熱くした人も多いことでしょう。

 その男子より一足早く、2011年に女子サッカー日本代表「なでしこジャパン」が世界一の栄冠に輝いたことを覚えていますか。その快挙から15年。国内の女子サッカー界を取り巻く環境は、いまだ過酷な現実に直面しています。

 2021年に初の女子プロリーグ「WEリーグ」が発足したものの、下部リーグの「なでしこリーグ」に所属する選手たちの多くは、サッカーの収入だけでは生活できないという現状があります。

 平日は会社員として働き、週末はピッチを駆ける―。そんな「二刀流」の生活が当たり前な選手が多くいます。「アスリートを雇うなんて、うちのような中小企業にはハードルが高い」「練習や遠征で休まれたら現場が回らないのでは?」―そんな受け入れ側の不安が聞こえてきます。

 それでも、彼女たちを単なる「広告塔」や「お付き合いの慈善事業」ではなく、企業の成長を加速させる「強力なピース」として雇用する企業があります。

 「働く女子選手」を取り巻く環境を変えるために何が必要なのか。オフィスとピッチの2つのフィールドで戦う選手と、サポートする企業の“リアル”について、経営者や選手、所属チームの監督に話を聞きました。

 

▽プロリーグ「WEリーグ」発足

 なでしこジャパンが優勝した当時の国内リーグは「なでしこリーグ」(日本女子サッカーリーグ)と呼ばれていました。1989年に発足し女子サッカーの歴史を支えてきましたが、なでしこリーグの人気は後退。その反省からWEリーグが生まれました。

 正式名称は「日本女子プロサッカーリーグ」で、初年度は11クラブが参加(現在は12クラブ)。WEリーグの特長は、プロ選手15人以上の保有が義務づけられるプロリーグであること。全員がプロ選手契約をしているわけではなく、チーム内にはアマチュア契約をしている選手もいます。WEリーグ発足で、従来のなでしこリーグは、その下部リーグへと移行し現在に至っています。

 

▽「二刀流」の生活

 アマチュア選手中心のなでしこリーグと、プロ選手中心のWEリーグの間には、ピッチ外の環境に大きな差があります。WEリーグ発足で女子サッカーは表向きプロ化への道を歩み始めましたが、その華やかな光の陰で、なでしこなど下部リーグの選手たちは二刀流の生活を余儀なくされています。「午前中はグラウンドでチーム練習、午後からは会社で働きます。スパイクなど道具代は自己負担です」と切実な声があります。

 大企業の「実業団」が主流だった時代は、引退後も社内に残る道が一部で保障されていましたが、景気後退やクラブの地域密着化に伴い、現在は地元の有力企業や中小企業などが選手を個別に雇用するケースが増えています。しかし、この“アスリート雇用”は、企業や選手にとっても簡単なことではありません。

 

 

▽スポーツと仕事の両立を

 こうした現状に危機感を抱き、アマチュア選手を雇用するサポートを申し出たのが、横浜市に拠点を構える人材派遣大手NISSOホールディングス(HD)と、HD中核の日総工産です。NISSOグループは現在、4団体7チームのオフィシャルスポンサーに就任しています。

 同HDは2025年2月になでしこリーグ1部所属の「ニッパツ横浜FCシーガルズ」(横浜市)とトレーニングウエア腹部へのロゴ掲出を中心としたオフィシャルクラブパートナー契約を結びました。

 クラブとパートナー契約を交わす企業はほかにもありますが、同グループは一歩踏み込んで、選手をアスリート雇用している点が大きな違いです。

 日総工産の藤野賢治社長は「以前から派遣社員として働くアスリートの支援プログラムは行っていましたが、自社の社員として受け入れ、スポーツと仕事を両立できるモデルケースを作りたいと考えました」とアスリート雇用に踏み切った理由を説明します。

日総工産の藤野賢治社長

 

▽「結果で恩返しを」

 雇用にあたり藤野社長は「スポーツで培った集中力や積極性は、ビジネスの現場でも武器になる。引退後も当社でキャリアを築いていける環境を提供したい」と抱負を述べます。

 この期待に応えているのが2024年シーズンに神奈川大学からシーガルズに加入、同年4月に日総工産に入社したGK松井里央選手(24)です。

 松井選手は富山県出身。高校時代は女子サッカー界の強豪、藤枝順心高校(静岡県)で全国優勝も経験。入社後は採用企画部でスタッフ採用に関するバックオフィス業務を担当しつつ、同社が運営する広報メディア「NISSO-CONNECT」内で、スポーツ関連コンテンツ「NISSO×スポーツ」のライターとしても活動しています。

 入社して2年目を迎えた松井選手は、二刀流の生活について「午前中練習して、午後1時から6時まで仕事という毎日は、時間の管理や体力面で大変な部分もあります。会社の同期がフルタイムで仕事のキャリアを積んでいく中で焦りを感じることもあります」と率直な悩みを吐露します。

 一方で、雇用環境については「社長はじめ会社全体が応援してくださり、感謝しかありません。ライターとして取材や記事執筆の経験を積めたことで『自分にも社会で通用する武器ができるんだ』と将来への不安が和らぎました。結果を出して会社に恩返しがしたいです」と感謝を表します。

日総工産の松井里央さん

 

▽企業との相乗効果

 特筆すべきは、松井選手が自ら聞き手となり、クラブの指導者や選手、自社の経営陣らのインタビューを企画・取材し、自社メディアで発信している点でしょう。NISSO-CONNECTチームは毎月2本、これまでに25本の記事を配信していますが、松井選手は第1回からその多くを担当。「最初はうまく記事を書けませんでしたが、だんだんと納得できるものを作り上げることができて、やりがいにつながっています」と満足げです。

 総合人材サービスの大手である同社がこの問題に取り組む意義は大きいといえます。単に働く場所を提供するだけでなく、彼女たちに「限られた時間で成果を出すタイムマネジメント」や「社会人としてのスキル」を本気で教育しているのです。

 文章を書く、相手の立場に立って取材を組み立てる―。こうした広報スキルを学ぶことは、松井選手自身の競技面にも変化をもたらしたといいます。「取材や発信を通じて、自分が今、チームの中でどういう立場にいて、何を求められているのかを客観的に考えるようになりました」(松井選手)。

 ビジネスで培った思考力がピッチ上のパフォーマンスを磨き、ピッチでの発信力が企業のブランディングに直結するという相乗効果が生まれている好例です。

 藤野社長は「アスリートを雇用することは、社内のコミュニケーション活性化や『仲間を応援しよう』という一体感を生む大きなメリットがあります。単なる社会貢献にとどまらず、多様な働き方を認める企業としての成長戦略になります」と確信を深めています。

 同社では今年2月、元横浜FCのスクールコーチで圧倒的なテクニックを持つMF加田菜選手(24)も入社。これまでに受け入れたアスリート社員は4人と、積極的に雇用を拡大させています。

勤務中の松井さん

 

▽熱意に触れ採用決断

 東京・虎ノ門に本社を置く1912(明治45)年創業のオフィス専門商社「オカモトヤ」(鈴木美樹子社長)でも、初のアスリート雇用という挑戦が行われています。

 同社で働くのは、同じくシーガルズに所属するGK田中翠選手(33)。国士舘大学卒業後にシーガルズに加入。その後は豪州のクラブチームなどを経て、WEリーグのAC長野パルセイロ・レディースに移籍。2022年シーズンから古巣に戻った後、2025年2月にオカモトヤに採用が決まりました。

 オカモトヤは文具店としてスタートし、現在はオフィスの空間デザインやICT商材の提案など多角的なサービスを展開する老舗企業で、鈴木社長は2022年に4代目社長に就任しました。

 鈴木社長は「最初は雇用する明確な理由も社内の受け入れ態勢もなく、一度はお断りしました」と打ち明けます。しかし、クラブ側の熱意や女性活躍推進事業でのビジネス上の縁、そして何より田中選手本人の「社会人として実績を残したい」という力強い決意に触れ、採用を決断したといいます。

オカモトヤの鈴木美樹子社長

 

 田中選手が配属されたのは営業本部。オフィス家具の提案や女性特有の健康課題を解決する「フェムテック関連商品」の仕入れ・販売など、本格的な外回り営業を担当しています。火曜から金曜は朝8時から10時までグラウンドで練習、その後、自主トレをこなし、午後1時から6時までスーツを着て顧客のもとへ足を運びます。

 「社長の配慮で、横浜市内を中心に営業させていただいていますが、午前中に練習があるため、お客さまからの問い合わせへのレスポンスがどうしても遅くなってしまうことがあるのが悩みです」と田中選手は明かします。

オカモトヤの田中翠さん

 

▽大型案件受注

 企業がアスリート雇用を躊躇(ちゅうちょ)する最大の理由―「現場に負担がかかるのではないか」という懸念。しかし、オカモトヤはこの課題を「チーム力」で解決しました。鈴木社長は「限られた時間だからこそ、田中選手には短時間で成果を出す営業として活躍してもらうスタンスです。社内でも彼女の状況をオープンにし、周りの社員が『みんなでフォローし合おう』とバックアップの体制が生まれました」と振り返ります。

 田中選手も「『サッカーを一番に考えていいんだよ』と支えてくれる社員の皆さんに結果で恩返しがしたい」と奮起。初年度から大型案件の受注を勝ち取るなど、ビジネスの場でも高いパフォーマンスを発揮しています。困難に立ち向かい挑戦し続ける田中選手の姿は、社内全体のモチベーションやエンゲージメント(会社への愛着)向上という目に見えない好影響をもたらしています。

勤務中の田中さん

 

▽クラブ側も教育を

アスリート雇用を一時の企業PRや社会貢献で終わらせないために、企業とクラブ双方が向き合うべき課題もあります。

鈴木社長は選手たちの将来を見据え、クラブ側の姿勢について「セカンドキャリアを身につけるような教育やマインドチェンジの機会を、もっと本気で提供してほしい」と強く求めます。

「サッカーしかやってこなかったから引退したら何も残らない、ではなく、競技を通じて培った目標達成力や自己管理能力は、社会でも必ず大きな武器になります。選手自身が自分の将来を選択できるよう、競技生活のうちから『社会人としての脳みその使い方』を教育することが大切です」(鈴木社長)。

田中選手自身も「以前はサッカーを取ったら自分には何も残らないと思っていましたが、仕事で成果を出せたことで『スポーツで培った力は社会でも通用するんだ』と大きな自信になりました。現役選手たちは自信を持って自分の可能性を広げてほしい。私も結果を出して見本になりたい」と力強いメッセージを送ります。

プレーをする田中さん

 

 アスリートは高い目標設定力、継続力、自己管理能力を備えた優れた人材です。さらに、彼女たちの挑戦する姿は職場に活気を与え、企業にとっても多様な働き方や人材戦略を推進する原動力となります。

 「フルタイムで働かなくても成果を出せる事例ができたことで、企業としても副業や多様な雇用形態に挑戦する選択肢が広がりました。アスリート雇用は単なる社会貢献ではなく、企業にとっても組織を活性化させる人材戦略になり得ます」と鈴木社長は確信を持って話します。

 ピッチで勝利を目指す熱量と、オフィスで成果を追い求める責任感。2つのフィールドで磨かれた力は、選手のセカンドキャリアを照らすだけでなく、企業の新しい可能性をも切り開いていきます。