音を伝えない「真空」の特徴を利用した世界初の製品 そこから生まれる究極のプライベートな音空間とは?

画像1 日本のどこの家庭にも必ずひとつやふたつはあるほど普及しているのが真空断熱ボトル、いわゆる魔法びんだ。日本だけではない。いま話題の“爆買い”の対象になっている人気商品のひとつが魔法びんで、かの国から訪れた旅行者が大量に買っていくという。人気の秘密は、日本製品のブランドイメージの良さに加え、高い性能に対する信頼感、そしてそれが自国に比べ半値以下で買える価格の安さにあるようだ。熱いお湯を入れても外側に熱が逃げない魔法びんは内部が二重構造で、内筒と外筒の間が真空になっている。真空層の厚みたるや1mmほどで日本の技術力の高さを感じさせる製品のひとつといえる。

 ちなみに、太陽と地球の間は真空だが熱は伝わってくる。これは輻射熱による。いわゆる電気ストーブの遠赤外線などの原理と同じだ。赤外線は物に当たってはじめて熱が生じるというわけだ。魔法びんも真空層の面をメッキするなど輻射熱対策が施されている。

 画像2 真空中は熱が伝わらないだけでなく、なんと音も伝わらない。音は何かしらの媒質が振動することによって伝わるので、何もない真空は音を伝えないのだ。ふつう人は空気中を伝わる音を聞いているが、水でも金属でも音は伝わる。伝わる物体で速さは変わり、空気は秒速340m。同じ空気でも気温が高いと速くなり、水蒸気では秒速470m。空気と同じ気体のヘリウムは970mと空気の約2倍の速さで、だからヘリウムを吸い込んだうえで声を出すと妙に高い声になってしまう。鉄を伝わる音の速度は5600m。もし5600mのレールを敷いて、その端をハンマーで叩くと、その音は1秒後には一方の端まで届く。一方、大気中に響いた音は空気を伝わって、レールに遅れること15秒で聞えることになる。興味深いのは水で、水中の音速は1500m。早いだけでなく水中の音は弱まりにくく遠くまで伝わるので、鯨は遠く離れた仲間と声で通信するのだそうだ。 

  熱を伝えないという真空の特徴を利用した製品は魔法びんだが、「音を伝えない」という真空のもうひとつの特徴を利用した製品がある。残念ながらまだあまり知られていないのだが、世界で唯一、日本のメーカーが製造をしている。それはスピーカーで、エンクロージャー(音が出る部分を収納した箱、筐体)に魔法びんの構造がそのまま採用されている。では、スピーカーのエンクロージャーを魔法びんのような真空構造にすると、どんなメリットがあるのだろうか。もちろん「真空層が音を伝えないこと」がメリットだ。それがなぜスピーカーとしてのメリットになるのかは、オーディオの基本的な知識が少し必要になってくる。

 オーディオシステムは、大きく3つのパートに分けられる。レコードやCD、スマホ・PCなどの音楽データといった音源を再生するプレイヤー部と、音楽の電気信号をスピーカーを動かせるように増幅するアンプ部、そしてその電気信号を再び音にするスピーカーやヘッドホンなどの発音部だ。いい音で音楽を聴くためには、どの部分も重要なのだが、なかでもスピーカー(発音部)は非常に重要な役目を果たすといわれている。なぜなら、実に単純な話で、電気信号を人間が耳で直接感じることのできる「音」に変換する最終段階を担当するのがスピーカーだからだ。

画像3 スピーカーは、基本的にスピーカーユニットと呼ばれる発音部とエンクロージャーと呼ばれる箱によって構成されている。多くの人は音が出るユニットの方が箱よりも重要だと思うかもしれないが、実はエンクロージャーもスピーカーの音質を大きく左右する。というのは、ユニットをどのようなエンクロージャーに収納するかで音は全く別物になるからだ。スピーカーユニットは正面だけでなく裏側からも音が出る。そのため後方を箱で囲って聞こえないようにしているわけだが、それでも内部に放出された音はエンクロージャーを振動させノイズを発生させる。その音は、ユニットの奏でる音に悪影響を与えるため、ほとんどすべてのスピーカーは本来の純粋な音を聴くことは難しい。つまりユニット単体では優れた音だとしても、エンクロージャーの影響を必ず受けてしまうわけだ。それはスピーカーの宿命ともいわれ、それを打破するために、各スピーカーメーカーは長い間、苦闘を続けてきた。強固な構造を考案したり、分厚い金属を材料に使ったりして、エンクロージャーが振動しないように工夫してきたのだ。あるいは、箱鳴りは避けられないものとして、なるべく響きのいい高級木材をエンクロージャーに使用して積極的に鳴らしてしまえという考えのメーカーもある。だが、いずれにしても抜本的な解決策とはいえず、厳重に対策を講じれば講じるほど、その代償として持てないほど重かったり、目の玉が飛び出るほど高価なスピーカーになったりしているのが実情である。 

 そこに登場したのが、魔法びんの技術をエンクロージャーに応用したサーモス社のBluetoothスピーカー「VECLOS」だ。音を伝えないという真空層の特徴をうまく利用し、世界で唯一、エンクロージャー内部の音を外に伝えない構造のスピーカーを完成させた。 

 実物を見ると、まず驚かされるのがその小ささと軽さ。直径約5cm、長さ約9cmの円筒形で、1台の重さはわずか160g程度だ。真空エンクロージャーは、カットモデルの写真を見てわかるように、魔法びんのような二重構造になっていて、真空層の最も薄い部分はわずか1mmにも満たない。この真空層は、厚さで性能が違うわけではなく、たとえわずかでも真空層があれば、音は伝わらないのだという。

得意なジャンルは、ボーカルものやアコースティックサウンドの落ち着いた雰囲気の音楽。特に女性ボーカルや響きのきれいなピアノソロ、バイオリンソナタなどが素晴らしい。
得意なジャンルは、ボーカルものやアコースティックサウンドの落ち着いた雰囲気の音楽。特に女性ボーカルや響きのきれいなピアノソロ、バイオリンソナタなどが素晴らしい。

 さて、どんな音がするのだろう。ステレオタイプのSSA-40Sを入手して、ロック、ジャズ、クラシック、J-POPなど、さまざまなジャンルのさまざまなタイプの音楽を聴いてみたが、音はかなり特徴がある。クリアでキレがよく、透明感のある繊細な表現が得意なようだ。特に女性ボーカルやアコースティック楽器は絶品で、声の艶や弦のふるえ、倍音や音の消え際の表現などが実に見事だ。しかし、残念ながら万能というわけではない。低音は不足気味だし、音数の多い音楽やアップテンポのダンスミュージックは、はっきり言って苦手だ。口径40mmというユニットの限界なのだろう。だが、得意な音楽なら、けっこうボリュームを上げても音がビリつかないし、音のアタックも耳障りにならないのはちょっとした驚きだ。

 スピーカーという機器は正しいセッティングや適した使い方をしてはじめて、本来の力を発揮する。音楽と正面から向き合える素直な音を考えると、まずはデスクトップに置いて使うニアフィールドリスニングが常道だろう。深夜、疲れて帰宅した後、静かな音楽で心を落ち着けたいというOLやサラリーマンにはピッタリだ。また、軽くて小さくて簡単に持ち運べるから、旅行に連れ出したり、あるいは自宅の部屋のどこででも使えたりという特長も生かせそうだ。

ニアフィールドリスニングでプライベートな音空間を構築するのが得意なスピーカーだが、枕の両脇に置き、横になって静かな音楽を聴くと、ヘッドホンとも従来のスピーカーとも違う、究極のプライベートサウンドが満喫できた。音楽を聴きながら寝るのが好きな人はぜひ試してみてほしい。
ニアフィールドリスニングでプライベートな音空間を構築するのが得意なスピーカーだが、枕の両脇に置き、横になって静かな音楽を聴くと、ヘッドホンとも従来のスピーカーとも違う、究極のプライベートサウンドが満喫できた。音楽を聴きながら寝るのが好きな人はぜひ試してみてほしい。

 実は今回、このスピーカーでさまざまな試聴スタイルを模索した結果、「世紀の大発見」とでも言いたいほど素晴らしい使用法を見つけ出した。それは、就寝時に枕の横に置いて、両耳を挟み込むように聴くというスタイルだ。音楽を聴きながら寝たいという人は意外に多いのだが、ヘッドホンやイヤホンは眠りにつくには決して快適ではない。かといって通常のスピーカーでは、小さな音だと音楽のディテールが聴き取れないし、大きな音だと眠れないうえに他の部屋の迷惑にもなる。だが、このスピーカーなら、繊細な表現が得意だから小音量で鳴らしても音楽のテクスチャーをちゃんと描き出すし、耳元で聴くと低音の不足も不思議と気にならない。眠りにつく前に、一足早く夢の世界に入り込んだ気分になるはずだ。ヘッドホンでも従来のスピーカーでも実現できなかった、快適かつ高精細なベッドタイムミュージックを実現するスピーカー、それが「VECLOS」の秘められた姿だったのだ。これが広く知れ渡れば、ひょっとして魔法びんのように“爆買い”の対象になるかもしれない、そう思わせるほどの唯一無二の魅力を真空エンクロージャーは備えていた。