『Pearl パール』(7月7日公開)
スペイン風邪のパンデミックが起きた1918年。戦場からの夫の帰りを待つパールは、ダンサーを志し、映画に出ることに憧れる。それは、人里離れた農場で、厳格な母と体が不自由な父に育てられた彼女の屈折した心理と現実逃避から生まれた妄想だった。
そして、ある出来事を経て、パールが抑圧から解放されたとき、無邪気さと残酷さを併せ持ったシリアルキラーが誕生する。
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(22)がアカデミー賞を受賞し、話題を集めた映画スタジオA24製作の最新作。
1979年を舞台に、史上最高齢の殺人鬼夫婦が登場した前作『X エックス』(22)の前日談。つまり、あの映画でポルノ映画のスタッフを惨殺していった老婆パールの殺人鬼としてのルーツがここに明かされるというわけだ。
監督・脚本は『X エックス』に続いてタイ・ウエストが担当し、『X エックス』で主人公のマキシーンと老婆パールの二役を演じたミア・ゴスが、この映画では若き日のパールを演じ、脚本とエグゼクティブプロデューサーとしても参加している。
79年が舞台の『X エックス』は、『悪魔のいけにえ』(74)や『悪魔の沼』(77)といった70年代の猟奇ホラーをほうふつとさせたが、今回は1918年が舞台ということで、パールが訪れる映画館にはセダ・バラ主演の無声映画『クレオパトラ』(17)のポスターが貼ってあり、架空の『パレス・フォーリーズ』が上映されている。
またこの映画には、同じく農場が舞台の『オズの魔法使』(39)をはじめ、色鮮やかな往年のミュージカル映画のような雰囲気があり、一瞬ホラーを見ていることを忘れさせる効果がある。その点、ミスマッチの妙があり、他のホラーとは一線を画す。そして、パールのグロテスクな狂態を見せられるのに、なぜか彼女から目を背けることができなくなる。
マーティン・スコセッシ監督は、この映画の悪魔的な魅力について、「タイ・ウエスト監督の映画には、最近では珍しく、映画への純粋で混じりっけのない愛に満ちたエネルギーがある。全てのフレームでそれが感じられる。ワイルドで、魅惑的で、深く心を揺さぶる102分間。タイ・ウエストと、彼のミューズでありクリエーティブパートナーでもあるミア・ゴスは、観客をもてあそぶすべを本当に心得ている」と語っている。
(田中雄二)