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ユーモアに秘められた大国の罪 【舟越美夏×リアルワールド】

 5月から全国で公開されるドイツ映画「ミセス・クルナスvsジョージ・W・ブッシュ」を一足先に見る機会があった。ドイツに住むトルコ移民一家に起きた実話が元で、2022年のベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞した。イスラムを勉強したいとパキスタンに行った19歳の息子が、キューバ・グアンタナモにある米国の秘密収容所に連行され、彼を取り戻すために奔走する天真らんまんな母親、ラビエ・クルナスをユーモアとともに描いている。

 二つの驚きがあった。新たな戦争が次々と起き、世界から忘れ去られていると思っていたグアンタナモ収容所が映画のテーマとなり、受賞もしていたこと。それから重いテーマがコメディータッチで描かれていることである。

 グアンタナモ収容所は、01年の米同時多発テロ後にキューバの米海軍基地に設置された。中東やアフリカで拘束されて「敵性戦闘員」や「テロ容疑者」と疑われた約780人が連行され、拷問を伴う厳しい尋問や長期拘禁を受けた。人権団体によると、収容者のうち86%は報奨金を目当てに米軍に売られた無実の民間人。ラビエの息子もそんな一人だった。13歳から18歳までの未成年者が21人もいた。米国の法律が及ばない地で行われた非人道的な「対テロ政策」は、米中央情報局(CIA)のシナリオに沿った「自白」を得るのに必要だった。

 収容者の大半は長期拘禁の後に公正な裁判の機会もなく解放されたが、謝罪や補償はなかった。国連の閉鎖勧告にもかかわらず、グアンタナモ収容所は今も存続し、解放の決定が出ている16人を含めた30人が残されている。解放された人々も拷問と長期拘禁による心身の病に悩まされながら、貧困の中を生きている。

 映画では拷問などの残虐な場面はない。代わりにドレーゼン監督は、5年ぶりに再会した息子の「暗闇は美しい」という呟(つぶや)きや、足かせを付けられていたために付いた歩き方の癖の描写などで、グアンタナモの非人道性を訴えた。

 この場面に私は、約15年に及ぶ監禁に耐えたモーリタニア人のモハメドゥ・ウルド・スラヒの苦難を思い出した。彼は国際テロ組織アルカイダの重要人物というぬれぎぬを着せられ、「特別尋問」という名の激しい拷問を受けた。彼が獄中で書いた手記は米国でベストセラーとなり、映画「モーリタニアン」として3年前に公開された。モハメドゥは今、オランダを拠点に作家や平和活動家として忙しい日々を送っているが、強い心的外傷ストレス障害(PTSD)に苦しんでいる。偏見がついて回り、日本政府はビザ発給を2度も拒否した。

3月、東京でのイベントにオンライン参加したモハメドゥ

 モハメドゥは、自分の人生を破壊した人たちを許すことで憎しみから自由になり、人生を歩もうとしている。ラビエの息子も、そうらしい。しかしグアンタナモ収容所以外にも米国の秘密収容所は複数あり、そこに連行され拷問を受けた人は数千人に上る。支援と謝罪がないまま厳しい生活を送る人々が皆、「対テロ」の過ちを許してくれるとは思えない。(敬称略)

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 18&19からの転載】


舟越美夏(ふなこし・みか)/1989年上智大学ロシア語学科卒。元共同通信社記者。アジアや旧ソ連、アフリカ、中東などを舞台に、紛争の犠牲者のほか、加害者や傍観者にも焦点を当てた記事を書いている。