2024年9月24日から29日までの6日間、モンテネグロのブドヴァで、現代ロシア文化フォーラム「スロヴォノヴォ(新しい言葉)」が開かれた。このフォーラムは、18年から毎年開催されており、ロシア国外で暮らしているいわゆる亡命ロシア文化人たちの華やかな集いの場となっている。
これまでに参加した人たちの顔ぶれを見ると、かなりの豪華メンバーだ。ノーベル文学賞作家のスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ、『緑の天幕』で知られるリュドミラ・ウリツカヤ、『青い脂』のウラジーミル・ソローキン、歴史推理作家のボリス・アクーニン、詩人のバヒト・ケンジェーエフ、ミュージシャンのボリス・グレベンシコフ、アンドレイ・マカレーヴィチ…。
フォーラムの目的は、「世界文化の不可分な一部として現代ロシア語文化を発展させること」だという。ロシアから外国へ移住した作家や詩人、芸術家たちが、締めつけのますます厳しくなるロシアではできない自由な表現活動をすでに「ロシア語亡命文化」というある種のまとまりを持ったものとして意識しつつあるのではなかろうか。フォーラムの開催中には展覧会、コンサート、映画の上映、作家の夕べ、詩人の朗読会、ラウンドテーブルなどさまざまなイベントが行われた。
「スロヴォノヴォ」の提唱者は、アートディレクターで14年からモンテネグロに住むマラート・ゲリマンだ。彼は、22年2月にロシアがウクライナ侵攻を開始した直後に創設された「反戦委員会」のメンバーでもある。委員会は、戦争のせいで出国せざるを得なくなったロシア人たちを支援する「方舟(はこぶね)」プロジェクトを運営している。
今回のフォーラムで最も注目されるのは、「賜物(たまもの)賞」という新しい文学賞を創設したことである。作者の国籍や居住地を問わず、ロシア語で書かれた優れた文学作品に与えられる。スイスのスラヴ研究者協会が主宰するもので、『手紙』で知られる作家のミハイル・シーシキンが審査委員長を務めるという。「賜物」とは、亡命作家ウラジーミル・ナボコフ(1899―1977)がロシア語で書いた代表的長編のタイトルだから、亡命ロシア語文学の振興を予感させる象徴的なネーミングと言えよう。
プーチン政権は、ロシア語とロシア正教による文化圏「ルースキー・ミール(ロシア世界)」を自らのイデオロギーとして掲げているが、「賜物賞」はそれとははっきり一線を画し、侵略者のイデオロギーに対抗するものとして、ヒューマニスティック(人間中心主義)な価値観と「表現の自由」が保障されたロシア語文学を奨励していくことになるだろう。第1回の受賞者が誰になるのか、大いに注目される。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 42からの転載】
沼野恭子(ぬまの・きょうこ)/ 1957年東京都生まれ。東京外国語大学名誉教授、ロシア文学研究者、翻訳家。著書に「ロシア万華鏡」「ロシア文学の食卓」など。