『遠い山なみの光』(9月5日公開)

1980年代のイギリス。日本人の母とイギリス人の父との間に生まれロンドンで暮らすニキ(カミラ・アイコ)は、大学を中退し作家を目指している。ある日、彼女は執筆のため、異父姉の景子が亡くなって以来疎遠になっていた実家を訪れる。
そこでは夫と長女を亡くした母の悦子(吉田羊)が、思い出の詰まった家で独り暮らしをしていた。長崎で被爆した悦子は戦後イギリスに渡ったが、ニキは母の過去については何も聞いたことがなかった。
悦子はニキと数日間を一緒に過ごす中で、近頃よく見るという夢について語り始める。それは1950年代の悦子(広瀬すず)が長崎で知り合った佐知子(二階堂ふみ)と彼女の幼い娘の万里子の夢だった。
作家カズオ・イシグロが自身の出生地・長崎を舞台に執筆した長編小説デビュー作を映画化したヒューマンミステリー。日・英・ポーランドの3カ国合作による国際共同製作で、石川慶監督がメガホンを取った。50年代の悦子の夫で傷痍軍人の二郎を松下洸平、二郎の父でかつて悦子が働いていた学校の校長である緒方を三浦友和が演じた。
戦争や原爆(被爆)の影や記憶、50年代の長崎での生活の様子を背景にした純文学風のミステリーとでも言おうか。50年代と80年代の悦子、佐知子、景子、万里子、ニキという女性たちの微妙な重なり具合を見せながら、どこまでが現実でどこからが悦子の妄想なのかをはっきりとは描いていないから、こちらは想像や連想、推理をめぐらせることになる。
そして謎解きもないまま話は終わるので、佐知子は悦子の想像上の存在(分身)なのか、娘の万里子は景子なのか、そもそも長崎時代の悦子の生活自体も妄想なのか…といった疑問が残るのだが、不思議なことにそのもやもや感が、皆まで語らぬ純文学的な映画としての魅力を感じさせる。
広瀬と二階堂が女性のさがや悲しさ、したたかさを感じさせるような好演を見せる。中でも最近の広瀬は、この映画に加えて『ゆきてかへらぬ』『宝島』と成長著しいものがある。
(田中雄二)