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【スピリチュアル・ビートルズ】 ポールが失意のシンシアに贈った1本のバラ 「ヘイ・ジュード」秘話

Hand Reaching for Red Rose ポール・マッカートニーはシンシアに一本の赤いバラを贈った。ポールの気遣い、優しさをシンシアは一生涯忘れることはなかっただろう。

 ジョン・レノンと最初の妻シンシアの離婚手続きがなされている68年のとある晴れた午後、ポールがたった一人で失意の彼女と息子ジュリアンの元を訪れたのだった。

 「ポールが私の幸福を考えてくれて来てくれたのがわかって感動した」。

 「さらに感動させられたのは、私に一本の赤いバラを渡して、冗談っぽく言ってくれたことだ。『どうだいシン、ぼくとお前、結婚したらどうなの?』」(シンシア著「素顔のジョン・レノン 瓦解へのプレリュード」シンコー・ミュージック)。

 「ポールの言ったことはほんの冗談だったし、私の沈んだ気分を少しでも持ち上げるために言ってくれた。もし、そういう発表を本当にしたらどうなるかと、世界の反応を想像して、彼と笑った」とシンシアは回想した。

 ジュリアンとシンシアを訪ねてくる途中、ポールはある曲を創った。彼は自伝「メニ―・イヤーズ・フロム・ナウ」(ロッキング・オン社)で振り返った。「この歌はまず『ヘイ・ジュールズ』というところから始まった。つまり、ジュリアンに向かって“Don’t make it bad, take a sad song and make it better”と。『ほら、頑張ってこの苦しみを乗り越えるんだよ』って。彼には辛いことだったはずだから」。そう、その曲とは「ヘイ・ジュード」である。

 ジョンがヨーコと付き合い、シンシアと別れることになり、ビートルズ関係者の皆がシンシアとジュリアンから距離を置いていた時だった。「私に会いに来たのは、ポールただひとりだった」とシンシアは自伝「ジョン・レノンに恋して」(河出書房新社)に書いた。「ビートルズ関係者のなかで、ジョンに平然と立ち向かう勇気があるのは、ポールだけだった」。

「ヘイ・ジュード」の日本国内シングル盤。
「ヘイ・ジュード」の日本国内シングル盤。

 ポールがジュリアンに向けて書いた「ヘイ・ジュード」。面白いのはジョンがこの歌を聞いたとき、これはポールがジョンに向けて書いた曲だと思ったことだ。「実際、ぼくの歌だと思えるよ。“go out and get her”(彼女をモノにしに行け)の歌詞で、彼(ポール)は無意識に『ぼくの元を離れて行っていいよ』と言っているのだ」とジョンは語り、この歌はジョンがヨーコと結ばれることを祝福してくれたものだという受けとめかたをしたという。

 シンシアとジュリアンの苦悩を考えるとジョンも能天気なものだったと思う。

 ポールは「ヘイ・ジュード」を歌うたびにジョンを思い出すという。それは、”The movement you need is on your shoulder”(やるべきことは君の肩にかかっている)のところだ。ポールは「ちょっと安っぽく感じる」として変えようとしたら、ジョンが「ダメだよ。全体の中でこの歌詞が一番いい」と言ったのである。

 ポールは言う。「あの歌詞を歌うときはジョンのことを思い出す。あの部分を歌う自分の声を聞くと、感情的になるんだよね」。

 「ヘイ・ジュード」はビートルズの歴史の中で、米国における最大のヒット曲となった。68年にビルボード誌のヒットチャートで9週連続ナンバーワンを記録したのである。英国で最近行われたビートルズの曲の人気投票では堂々の一位となった。

 シンシアは、がんのため2015年4月1日に亡くなった。75歳だった。ジョンとは美術学校時代からのつきあいであったシンシアは60年代ビートルズ旋風が吹き荒れる中、彼らと行動を共にした女性のひとりだった。

 彼女の死に際してジュリアンは「母は父の初めての恋人でした。母が人生でくぐり抜けてきた多くの苦難を考えると、彼女が人にとやかく言われる筋合いはない。ぼくは母を守るよ。徹底的にね」というコメントを発表した。

 ビートルズファミリーも追悼の言葉を次々に寄せた。ポールは言った。「シンシアが亡くなったという報せはとても悲しいです。リバプール時代から知っている素晴らしい女性でした。ジュリアンにとって良き母であり、ぼくたち全員が彼女を恋しく思います。ですが、一緒に過ごした時の素晴らしい記憶は今後もずっとあり続けます」。

                              (文・桑原 亘之介)

桑原亘之介

kuwabara.konosuke

1963年 東京都生まれ。ビートルズを初めて聴き、ファンになってから40年近くになる。時が経っても彼らの歌たちの輝きは衰えるどころか、ますます光を放ち、人生の大きな支えであり続けている。誤解を恐れずにいえば、私にとってビートルズとは「宗教」のようなものなのである。それは、幸せなときも、辛く涙したいときでも、いつでも心にあり、人生の道標であり、指針であり、心のよりどころであり、目標であり続けているからだ。
 本コラムは、ビートルズそして4人のビートルたちが宗教や神や信仰や真理や愛などについてどうとらえていたのかを考え、そこから何かを学べないかというささやかな試みである。時にはニュースなビートルズ、エッチなビートルズ?もお届けしたい。