Dr・コトーが活躍した島へ向かう高速船は、水しぶきを上げて西に進む。デッキに上がると、昇り始めた朝日に向かって輝く波頭が銀河のように伸びている。左右に見え始めた小島は意外に早く後方に遠ざかっていく。26・7ノットの速力は思ったより速い。
このまま進めば、世界の大都市・上海に突き当たるが、目的地は東シナ海に浮かぶ「甑島(こしきしま)」=鹿児島県薩摩川内市=だ。薩摩川内市の港から高速船で50分。人口はおよそ4千700人。橋でつながる上甑島と中甑島、そして今後架橋される下甑島の3つの島からなる列島だ。
一説によると太陽と波の照り返しで「五色」(ごしき)に光り輝くことから「こしき」の名が付いたという。Dr・コトーのモデルとなった医師が理想の離島医療を打ち立てた地だが、この島はいま、エネルギーの“みらいの島”として、新たな輝きを放ち始めている。
・島のあちこちで電気自動車
高速船は島民の半分近くが住む上甑島の里港に到着。降り立つと、愛嬌ある丸っこい形をした超小型レンタカーの姿が目に飛び込む。一人乗りの超小型電気自動車コムス(トヨタ車体)だ。一回の充電で約50キロ走る。最高速度は60キロ。小回りが利き島めぐりに最適だ。
2時間1000円。ドアはなく風除けシートのチャックを締め出発。道行く親子やおばあさんが笑顔で手を振る。素朴な歓迎がうれしい。
アクセルをふかし景勝地の一つ「長目の浜」を一望する高台に着く。海と池の間を4キロにわたって延びる砂州の奇観に息をのむ。
役所など公共施設が集まる島の中心に入ってもすれ違う対向車は少ないが、似たような車は多い。「ゼロエミッション」(資源循環、CO2減を目指す考え)の標語とコンセント付きの車のイラストをドアに描いた電気自動車「e-NV200」(日産)だ。甑島で40台以上走っていて、島のあちこちで出会う。日産が走行データ収集などを目的に薩摩川内市に3年間無償提供し、さつま揚げの移動販売車両や福祉車両、公用車など幅広く使われている。
ただ電気自動車の多さだけが”みらいの島”の証(あかし)ではない。甑島が”みらいの島”として注目されるのは、電気自動車・日産リーフのお役御免となった車両搭載「電池」を、電力の“ため池”として再利用する、世界初の試みがあるからだ。
太陽光発電や風力発電など再生可能エネルギー(再エネ)の発電能力は自然環境に大きく左右される。そのため発電した電気を貯めておく蓄電システムを不可欠の“相棒”とする。ただリチウムイオン電池など「蓄電池」自体が高価で、蓄電システムのコスト削減が再エネ普及の課題の一つとされてきた。電気自動車のお下がりの電池なら低コストですむわけだ。電気自動車の電池は、一定レベル以下で廃棄されるが第二の活躍が十分期待できる“余力”を残しているという。
・再エネ電力の“ため池”
電気自動車の電池が“第2の人生”を送る現場に向かう。最新の施設を想像しながら着いた先は静まり返った旧浦内小学校。児童数の減少で2008年に閉校したため児童の姿はないが、太陽光パネル448枚と再利用された電気自動車の電池36台分を納めたコンテナ3個がグラウンドいっぱいに並んでいる。
3個のコンテナが、再エネ電力の「ため池」の役割を果たす「甑島蓄電センター」だ。田畑を潤す本来のため池と同様、天候不順時(曇りや無風など)に電力を“放出”し、不安定になりがちな再エネ電力の供給を安定させる。
甑島の電気はすべて“島内産”で、九州本土から電気は来ない。島の電気の大半はディーゼル発電所(1万4250キロワット)で作られ、再エネの電気は太陽光(100キロワット)と風力発電(250キロワット)の2つ。「エコアイランド」構想を掲げる薩摩川内市は、CO2排出量を減らすため、島の再エネ比率をさらに高めたいとしている。
・甑島モデルを世界へ
「甑島蓄電センター」事業は、薩摩川内市が住友商事と共同で行っている。住友商事は、将来的に”みらいの島”モデルを国内外の離島などに展開することを目指している。Dr・コトーが離島医療の一つのモデルを甑島で築いたように、離島の理想的な電力供給のモデルが甑島で生まれるかもしれない。甑島の “エネルギー革命”は静かに進行している。
・エネルギーの“パビリオン”
“本土”の薩摩川内市でも甑島に負けない“革命”が進行している。同市は原子力や火力発電所を有する「エネルギーのまち」として有名だが、今、太陽光や風力、水力、バイオマスなど次世代のエネルギーへの取り組みが積極的に進められていることはあまり知られていない。九州の電気のおよそ4分の1は薩摩川内市で作られており、多様な発電施設が存在する「エネルギーのパビリオン(展示館)」(久保信治・薩摩川内市次世代エネルギー対策監)とも言えるまちだ。原発の行方が不透明な中、甑島での取り組みをはじめ、「エネルギーのまち」から「次世代エネルギーのまち」への“脱皮”を目指す動きが官民双方から出ている。
さらに注目すべきは、次世代エネルギーへの取り組みと、まちの課題解決や未来づくりの連動だ。夜道を照らすLED灯は、購入する代わりに、地域の産学官連携で開発し、商品化。また、山を荒らす竹林の存在を「資源」と捉え直し、高機能素材やバイオマスエネルギーとして活用する構想が着実に進んでいる。
・エネルギーの“明日”が見えるまち
2017年11月に薩摩川内市主催で行われた市内の発電施設を親子で巡る「次世代エネルギー見学・体験ツアー」には鹿児島県内の小中学生16人が参加した。
子どもたちは、太陽光や風力、小規模水力発電など、自然の力で電気が生まれる現場を目の当たりにした。「次世代エネルギーのまち」を目指す薩摩川内市の着実な歩みを肌で感じ取ったはずだ。
エネルギーの“明日”を見るには、薩摩川内市が、いま最も見晴らしの良い場所かもしれない。
エネルギーをもっと知りたい!という方は、こちらのシンポジウムの記事へ