「ニッポン未来予想図」⑩都市と水辺が一体化するリノベ 東京都心の外濠地区

 建設コンサルタント企業有志で中村英夫氏(東京都市大名誉総長)を迎えて1996年に創設した「インフラストラクチャー研究会」は、活動の一環として「高度成長期の『需要追随型』から『成熟社会』で目指すインフラストラクチャー」をテーマに研究を行った。その一つが、ドイツ・デュッセルドルフ市の連邦道路B1の地下化事業を参考にした「都心の外濠(そとぼり)地区における都市と水辺が一体化するリノベーション」提案であった。

 

 日本プロジェクト産業協議会(JAPIC)の国土・未来プロジェクト研究会は、これを引き継ぎ、再構築して提言を行った。

 対象とする外濠地区は皇居の北西部に位置し、地下鉄飯田橋駅前の牛込橋から新見附橋、市ヶ谷橋を経て外濠公園に至る全長約1・5キロの区間である。 この地区には旧江戸城の外濠が残存し、南西側から順に市ヶ谷濠、新見附濠、牛込濠と呼ばれている(写真①)。

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(写真①)飯田橋~市ヶ谷の外濠全景。手前から牛込濠、新見附濠、市ヶ谷濠、濠沿いを縦にはしる道路は外堀通り

 この地区の特徴と課題は以下のように整理される。

 1、都心で貴重な水辺と緑のオープンスペース

 対象地区は幅約50メートル、延長約1・5キロに及ぶ静かな水辺空間を備え、麹町側は特に緑が豊富である。都心で水と緑に囲まれたオープンスペースとして高品質なポテンシャルを備える。

 2、都道405号外濠環状線(通称、外堀通り)が水辺とまちを分断

 牛込側の沿道にある街区や背後の閑静な住宅地と水辺空間との接点は外堀通りの多量な交通量で分断されている。また、狭い歩道と水辺に近付けない急峻なのり面により散策などを楽しむ人々はほとんど見受けられず、麹町側のにぎわいに比べ潜在的な都市アメニティー機能が十分に発揮されていない。

 3、悪質な水質

 豪雨時には合流式下水道から外濠に未処理の下水の流入がある(最近、東京都が対策を実施中で改善されている)。それでも中央大学山田正教授の調査によれば外濠の水質は関東の閉鎖性水域の中では最悪の状況である。

 4、国の史跡

 本地区は1956(昭和31)年、「国史跡江戸城外堀跡」として指定を受けている。また、2008(平成20)年3月には千代田区、港区、新宿区で「史跡江戸城外堀跡保存管理計画書」が策定されている。

 

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図① プロジェクト概要

地下トンネル

 

 図①はプロジェクトの概要である。改築の手順は以下の通りで、その完成予想を断面図として図②に示す。

 1、外堀通り(神楽坂下から市ヶ谷の靖国通りとの交差部の区間)を地下トンネルにする。

 2、同時に外濠に地下貯留槽を構築し現状の濠の治水機能を確保する。

 3、貯留槽の上部には水質が良く水深の浅い人工池を設け水に親しめる空間を構築。

 4、元の外堀通り地上部には地域サービス道路、歩道、自転車道だけを残し、緩斜面で水辺に近付きやすくした大きな空間を構築し水辺空間と一体化したプロムナードを整備。

 5、また沿道建物をセットバックし建物の容積率緩和を行い沿道の不動産価値の向上を図る。

 6、当然のこととして外濠の水質改善は継続的に行う。

 トンネル部分は一部を除き開削工法で、地下貯留槽は地中連続壁工法にて施工する計画である。近接施工対策や文化財保護工事を含まない全体の概算工事費は約1千億円である。

 整備効果として、通常の道路の時間短縮効果の他にプロムナードの整備で沿道環境が高質化することによる沿道建物の床面積価値の上昇や、容積率緩和に伴う増床面積による不動産価値の向上があげられる。

 また、都心に出来る大きなオープンスペースは、地震時などの一時避難施設あるいは、近隣に交通結節点が多数あるため帰宅困難者の救援施設としても期待できる。

 

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図② 完成予想図(手前側が市ヶ谷、前方が飯田橋)

にぎわい

 

 わが国には、本地区と同じように需要追随型の道路インフラが「まちと水辺の連続空間」を遮断している事例が多数あると思われる。

 その改善のため本プロジェクトの実現は、デュッセルドルフ市のように先進的な模範事例として活用される事が期待される。さらに本地区での水質改善や水辺のにぎわいは、下流の日本橋川の浄化と周辺整備の機運をさらに盛り上げるであろう。

 一方、課題としては民間事業者が参加しやすい事業手法の開発がある。不動産価値の向上効果を期待したアベイラビリティ・ペイメントやイギリスなどで多用されたLABVなどの手法を応用することが有効だと思われる。

 計画に当たっては、本地区の歴史的な遺産価値を保ちながら、新たに現在的な価値も備える空間へと変貌させなければならない。

 今後、さらに地道な努力を続け文化財、市民、行政の関係者の方々に理解、協力いただく事が重要であるのは言うまでもない。

【筆者】

(株)建設技術研究所 企画・営業本部 顧問 

吉川 正嗣(よしかわ・まさつぐ)

 

(KyodoWeekly4月18日号から転載)