東京から飛行機で約3時間のところに、体中の細胞が活性化するような非日常性を味わえる場所がある。年間平均気温約23度、亜熱帯海岸性気候に属する沖縄県宮古島だ。定年退職直前のライターがこのほど2泊3日で「ヒルトン沖縄宮古島リゾート」を拠点に、原付バイクで宮古島と池間(いけま)島、伊良部(いらぶ)島、来間(くりま)島の3島を結ぶ橋、「三大橋」を走った。そこで出合ったのは、これまでの人生で見たことがなかった海の色、滋味深い宮古そば、生まれて初めてのスパ、そして温かい人情だった。
▽離島ならではの環境に配慮
滞在したのは、6月18日に開業した「ヒルトン沖縄宮古島リゾート」(グランドオープンは8月26日、地上8階、329室)。宮古空港から車で約15分のトゥリバー地区にあり、宮古ブルーの海、さまざまな表情を感じさせるサンセット、伊良部大橋の勇姿を見渡すことができる好立地だ。みやこサンセットビーチが隣接する一方、ホテル屋内外に計五つのプールが完備されており、気軽に浜辺に出るもよし、ホテル内のプールで遊ぶもよし、というぜいたくな環境が整っている。
今回、宿泊したのは7階の「ツインエグゼクティブルーム サンセットビュー」で、一人旅には「もったいない」ほどの広さだった。
部屋に入って気がついたのは、どこのホテルにも普通置いてある、ペットボトルのミネラルウオーターがなかったことだ。その代わり、小さめのピッチャーが二つ置かれていた。同じフロアにある給水器があるコーナーまで行き、ピッチャーに水を入れて、部屋で飲んでもらうということだった。
このほか、朝食をいただいたホテル1階のオールデイダイニング「アジュール」では、リサイクルした皿を使用していた。店内で提供されている皿は、美濃焼の産地・小田陶器(岐阜県瑞浪市、1921年創業)などの「Re-食器」だ。小田陶器によると、Re-食器は家庭や学校、レストランなどから回収した不要の食器を粉砕し、もう一度土に混ぜ込んで新しい製品として生まれ変わらせたリサイクル食器のことだという。1999年に商品化され、資源の循環や、環境への配慮を実現したリサイクル食器として注目を集めている。
ヒルトン宮古島沖縄リゾートの棚町誠二総支配人によると「離島にとって、水の確保は重要なことの一つです。ペットボトル入りの水を提供しないことで、お客さまの利便性を損ねる可能性も考慮しましたが、せっかく離島に来ていただいており、身近な水や、レストランで提供するリサイクル皿などから環境のことを考えていただく、そんなきっかけになれば、と決めました」と語ってくれた。
▽人生初のスパ
この日は、還暦目前で、生まれて初めてスパを経験した。ホテル内の「TWURIBA SPA」(スパ「トゥリバー」)に予約した時間に訪れ、控え室で現在の体調などを調査票に記入。琉球音階のメロディーがゆっくりと流れる別室に移動し、紙パンツだけを身につけ、全身をタオルで覆い、施術をしてくれる女性からこの日のメニューを説明してもらった。
「TWURIBA SPA」のオリジナルコースで、沖縄在来種の月桃(げっとう)の精油が配合されたオイルを使用した「琉球トリートメント」という名称で、顔や足を含め全身の施術を体験することができた。(現在は、「琉球トリートメント」は「琉球てぃんなでぃ」「琉球フットセラピー」「琉球エレメントフェイシャル」の三つのメニューに分かれている)
月桃のほのかな甘い香りをかぎながら心と体が弛緩(しかん)していった。途中から夢の中に入ってしまった。帰京後、パートナーにそれを話すと「せっかくのスパで寝てしまうのは、なんと、もったいないことだ」と指摘されたが・・・。
若い男性がスパに行くのは、そんなに珍しい時代ではなくなったが、60歳目前の自分には正直、心理的な抵抗があった。しかし、実際に体験してみると「これこそが自分へのご褒美だ」と納得できた。ぜひ、若くない男性のみなさんも一度は試してみてはいかが? 「TWURIBA SPA」には友だちやカップル向けの2人用部屋のほか完全個室も3室用意されている。
身も心もリラックスできた後は、ホテルの屋上にあるルーフトップバー「ユナイ」(宮古の言葉で「夜」を意味する)に移動。この時期の日没は午後7時半ごろ。オリオンビールを飲みながら、飽きもせず夕暮れを見ていた。東京ではあまり思ったことがなかったが、夕日を眺めながら「人間も自然の一部、なんだ」とあらためて感じた。
▽深い甘さの果実
一人旅のときの強い味方は、ホテルのコンシェルジュだ。地元の情報に精通しているヒルトン沖縄宮古島リゾートの大塚幸子さんに宮古そばのおすすめの店、マンゴー、宮古牛が楽しめる店をそれぞれ紹介してもらった。
当初は、レンタカーで島内を回るつもりだったが、沖縄の風を体感したい、と原付バイクにした。店に取りに行き、利用後はガソリン満タンで店に戻すという条件で、1日3000円。2日間借りた。
この日の天気は曇りで、炎天下の原付バイク旅は避けられた。まずは、宮古島の南西に浮かぶ来間島と宮古島とを結ぶ「来間大橋」(長さ1690メートル)を目指す。曇り空ながら、ヘルメットの中は汗がにじむ。頻繁に水分補給をしながら、来間島の竜宮城展望台に到着。3階の展望フロアからは、先ほど渡ってきた来間大橋、対岸には沖縄で一番美しいといわれる、与那覇前浜(よなはまえはま)ビーチが広がる。
昼食は大塚さんから教えてもらった「まるかみ」で宮古そばを食べた。店外で約30分待ったが、順番が近くになると店の女性がわざわざ店を出て声をかけてくれた。「なんこつソーキそば」にモズクを付けて計約1000円。だしはたっぷりのかつお節でとられ、麺にまとわりつくスープが走り疲れた体に染みわたった。
次に、宮古島北西約1・8キロメートルに位置する池間島と宮古島を結ぶ、「池間大橋」(1425メートル)に向かった。
その前にデザートを食べようと、これまた大塚さんに教えてもらった「ブルータートルファーム&マンゴーカフェ」に立ち寄った。マンゴー農園が経営するカフェで、食べ頃の一番いい状態のものを提供してくれる。「とれたて完熟生アップルマンゴー」のLサイズ(1200円)を迷わず注文。ねっとりした果肉を口に含むと、深い甘さが広がりその余韻が長く残った。
スコールのような雨が降ってきたので、店前で雨宿りをさせてもらった。しばらくすると雨がやみ天気が回復したので、いざ池間大橋へ。橋を渡りきると、池間島に入ってすぐの土産物屋兼レストラン「海美来(かいみーる)」で、紅芋もちを味わった。一見、大きなごま団子のようだったが、割るとムラサキイモの紫色が目に飛び込んで来る。素朴な甘さともっちりとした食感が特徴的だった。
ホテルにいったん戻り、シャワーを浴びてから、タクシーで中心街に移動した。原付バイクで走り回り、消耗したエネルギーを充電させるため、「焼肉こてつ」で肉を食べた。ここは、大塚さんが予約を入れておいてくれた。店主からは「宮古牛は頻繁には入荷しないのですが、今日はたまたま入荷しています」と笑顔で話した。運が良かった! 店主は「お客さんは本日、お一人なので、宮古牛のタン、ハラミなどを少しずつにして、一皿にまとめてお出ししたいのですが・・・」というありがたい提案をいただいた。オリオンの生ビールを飲みながら肉をほおばった。ミディアムレアに焼けた宮古牛の肉汁が口内に広がった。「うまい」という言葉しか出ない。翌日も原付バイクで移動するので、生ビール1杯に抑えた。宮古牛のおひとり用肉盛りと合わせ会計は約6400円であった。
▽サトウキビ畑で叫ぶ
宮古島滞在最終日。天気はほぼ快晴で、原付バイク旅日和とは言いがたい。この日は、ホテルの部屋から眺めていた沖縄県最長の「伊良部大橋」(3540メートル)を渡る。顔や腕などに日焼け止めを塗りまくった。
2015年に開通し、無料で通行できる橋としては国内最長だ。日光がじりじりと皮膚を刺す。橋の側道を慎重に走ったが、とにかく長かった。
伊良部島に隣接する下地(しもじ)島には、宮古空港とは別に、下地島空港がある。空港の北側に位置する「17(ワンセブン)エンド」という絶景スポットを目指し、バイクを走らせた。サトウキビ畑が両脇に広がり、その先に青い海が見える、誰もいない農道を走っていると「俺は生きているぞ~」と大きな声で叫んでしまった。東京ではめったにそんなことはやらないが、抜けるような青空の下、全身に風を受けながらバイクを走らせると、自然と声が出てしまった。
17エンドに到着。空港の滑走路に面した海沿いに遊歩道が設けられている。遊歩道の先端では、下地空港に着陸する航空機を間近に見られ、海の美しさと相まって圧巻の風景だ。
▽島の交通安全を守る「まもる君」
宮古島の原付バイク一人旅で、「三大橋」を制覇できた。島内を回ると、白いヘルメットに黒い制服を着用した警察官姿の人形をみかける。彼の名前は「宮古島まもる君」。島の交通安全協会の担当者によると、「まもる君」は1996年、島の交通安全を目的に5体が設置された。「炎天下でも台風でも、不眠不休で交通安全警備にあたってもらっています。現在は20体まで増えて、全員が兄弟です」。交通事故が多く発生したエリアに、「まもる君」たちが時々〝異動〟することもあるという。
筆者も移動中、3カ所で発見することができた。きっと原付バイク旅の安全も「まもる君」が守ってくれたのだろう。
今回、おやじ一人旅となったが、次回はレンタカーを借りてパートナーと島内を回りたい。
宮古島の魅力は一度の訪問だけでは到底味わうことはできないからだ。ただ、そうなると、サトウキビ畑の農道で、独りで大きな声で叫ぶことは難しくなるけど。
(取材協力;ヒルトン沖縄宮古島リゾート)