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「上川総理」の留意点 【政眼鏡(せいがんきょう)-本田雅俊の政治コラム】

 2014年から19年にかけて、CBS制作の政治ドラマ「マダム・セクレタリー」が米国で放映された。ティア・レオーニ氏が演じるエリザベス・マッコードが大学教員から国務長官、そして初の女性大統領になる物語で、ヒラリー・クリントン氏を多分に意識したものだった。もっとも、クリントン氏は今から4年前の大統領選でドナルド・トランプ氏に敗北を喫し、「ガラスの天井」を破ることはできなかった。

 日本でも過去に「初の女性総理」誕生の可能性があった。1989年には土井たか子氏(当時・日本社会党委員長)が女性として初めて参議院で首班指名を受けた。2008年の自民党総裁選には小池百合子氏が、また3年前には高市早苗、野田聖子の両氏が名乗りを挙げたが、高い支持を得るには至らなかった。

 だが、昨年から今年にかけ、「次の総理」を尋ねるマスコミ各社の世論調査で急浮上しているのが上川陽子外相だ。岸田文雄政権の著しい支持率低迷、そして明確な「ポスト岸田」候補がいないことが主な理由だろう。石破茂元幹事長に期待する声もあるが、永田町では「必ずしも支持は広がっていない」(全国紙デスク)らしい。

 1月下旬、自民党の麻生太郎副総裁は上川外相をついて、「そんなに美しい方ではない」「おばさん」といつもの毒舌を吐いてマスコミにたたかれたが、言いたかったのは「やるねぇ」「新しいスター」の方だった。別の思惑も見え隠れするが、首相や外相を経験した麻生氏でさえ、上川外相を高く評価していることは間違いない。

 麻生氏に限らず、永田町で上川氏の胆力に疑問を持つ者はいない。もはや男女に分けて考えるのは古いが、上川氏を上回る資質を持つ男性政治家は、いたとしても数えるほどだろう。法相としての職務を見事にこなし、外相としても「WPS(女性・平和・安全保障)」などで確かな存在感を発揮している。「極めて丁寧な人だが、おべっかは使わない」(自民・若手)、「女性議員に厳しい」(自民・参院議員)といったところも、女性活躍の時代にうってつけの政治家だ。

 わが国で女性参政権が行使されてから間もなく80年、女性が初めて閣僚に起用されてから64年がたつ。世界を見ると、米国やロシア、中国といった超大国を除けば、多くの国々で女性の大統領や首相が誕生している。わが国でも「そろそろ女性総理を」の声が高まって当然だ。だが、果たして「上川総理」の誕生にもろ手を挙げて推し進めてよいのかどうか。

 自民党内に純粋な待望論があるのも事実だが、緊急避難的に「上川総理」をトップに据え、その人気にあやかって自分の選挙を乗り切りたいと思っている議員は少なくない。「もう71歳だから、総理になっても長期政権は難しい」(閣僚経験者)ことも、首相の座を虎視眈々(たんたん)と狙っている面々にとっては安心材料だ。

 いつも冷静な上川外相は待望論にも小躍りすることなく、「外相の職務に脇目も振らず取り組む」と述べるにとどめる。しかし、もしも首相を目指すのならば、いずれ経済や財政、裏金問題への対応を含めた明確なビジョンを示す必要がある。夫婦別姓などについても、具体策が求められよう。歴史をひもとくまでもなく、経綸を示さずにその場しのぎで首相になれば、使い捨てにされかねない。

 一方、宏池会の解散は決まったが、同じ派閥に属していた上川外相が岸田首相を引きずりおろして、あるいは差し置いて首相の座に手を伸ばすとは考えにくい。上川外相をよく知る議員は「そんな品のない権力欲はない」(自民・中堅)と断言する。岸田首相が自ら身を引き、麻生副総裁あたりが上川外相を後継に“指名”することはあり得るが、視界はまだまだ不透明だ。

 果たして今の自民党、今の永田町が「上川総理」の持ち味を100%引き出せるかも疑問だ。先の衆院予算委員会では彼女を3日間も拘束しながら、答弁回数はわずか2回だった。もしも「上川総理」誕生の方向に向かうのであれば、永田町のセンセイたちはもう少し費用対効果や時間対効果の感覚、さらにマナーや教養といったものを身につけるべきではないか。逸材が永田町でぼろ雑巾にされることが一番の不幸である。

 上川外相が尊敬し、憧れる人物は緒方貞子氏(元国連難民高等弁務官)だという。政策でも、海洋や宇宙など、本来、政治家が率先して取り組むべき分野に強い関心を持つ。もしも時代の巡りあわせから首相になっても、自民党内のゴタゴタや国会でのつまらない質疑に貴重な時間を費やされるのであれば、いっそのこと、国連のしかるべきポストに就いた方が彼女の持ち味や才能は発揮されるし、日本の国益にもかなうかもしれない。

 今日(3月8日)はくしくも「国際女性デー」だ。

【筆者略歴】

 本田雅俊(ほんだ・まさとし) 政治行政アナリスト・金城大学客員教授。1967年富山県生まれ。内閣官房副長官秘書などを経て、慶大院修了(法学博士)。武蔵野女子大助教授、米ジョージタウン大客員准教授、政策研究大学院大准教授などを経て現職。主な著書に「総理の辞め方」「元総理の晩節」「現代日本の政治と行政」など。