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外国人向け金融サービスの強化を 「小さくても存在感のある銀行」目指す 東京スター銀行の伊東頭取インタビュー

東京スター銀行 伊東頭取インタビュー

 2001年に営業を開始した東京スター銀行(伊東武・取締役兼代表執行役頭取)は、「小さくても存在感のある銀行」を目指し、他行があまり手がけない金融サービスを提供している。2014年、台湾大手の中國信託商業銀行(CTBCバンク)の完全子会社となった。

 東京スター銀行は給与振り込み口座の指定といった一定の条件で個人顧客の円預金の金利を優遇するほか、地方銀行(地銀)などとも連携しながら、地域の中小零細企業の海外展開をサポートする。

 一方、CTBCバンクが持つ、アジア地域を中心とした幅広いグローバルネットワークを活用し、外国人による非居住者口座開設や、日本国内の不動産購入時のローンを提供するなど、国境を越えた取り組みを進める。半導体受託生産の世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)の熊本県への進出に伴い、移住する台湾からの駐在員向け業務にあたる「熊本オフィス」を昨年末に開設した。将来的には「日本に在住する外国人が、日本人と同じような金融サービスを受けられるところまで目指したい」という。次々とユニークな「次の一手」を打つ、伊東頭取に話を聞いた。

東京スター銀行 熊本オフィスのスタッフ(東京スター銀行提供)

 

「朝から晩まで電話が鳴りっぱなし」

―—熊本オフィスの態勢について教えてください。

 昨年12月に熊本駅前のオフィスビルに、現在は常駐社員4人で、うち2人は台湾出身で、中国語と英語でも対応できるようにしています。近い将来、今の人員を倍増する予定です。

 ご存じのように、TSMCが熊本県菊陽町に第1工場を稼働させることは、ビジネスチャンスだと確信しました。その後、第2工場の建設も発表されました。リテール(個人向け)の金融サービスでは、TSMCや、半導体関連のサプライチェーン(供給網)企業の熊本駐在員らの給与振り込み口座の開設などを手がけています。熊本県の銀行とも適宜情報交換などをしながら、お互いが「ウィンウィン」の関係になるようビジネスを進めています。

 熊本オフィスの電話はほぼ毎日、大げさかもしれませんが、朝から晩まで鳴りっぱなしの状態です。さまざまな問い合わせが、中国語で半分、残りは日本語で入ってきます。中には、台湾から熊本県の半導体工場に転勤となった旦那さんの奥様から、慣れない日本暮らしにとまどわれ、たとえば、「台所の水が出ないので困っている」などと、台湾人の方のよろず生活相談所のような電話もあります。

 これまでに熊本オフィスで獲得できた預金口座数については公表をしていませんが、確実に口座の開設数は増えています。言うまでもなく、銀行にとっては、経営のベースとなる預金を集めることは、とても大事なことです。そういう意味でも、外国人の預金口座が増えるというのは、われわれの重要な顧客基盤の一つになっています。

―—台湾などの非居住者の外国人口座開設は難しいのですか。

 法律的には問題はないのですが、銀行として本人確認審査、マネーロンダリング対策などリスク管理をしっかりとやらなければいけないので、他の金融機関は費用対効果の観点などから積極的にはやっておられないようです。本人確認をする際に、本当にこの人なのかどうかを調査するにも中国語が必要ですし、すべての書類がその国の言葉ですので、それが本当かどうかを確認する作業も多くなりますから。

 ただ、グローバル展開しているCTBCバンクが親会社ですので、他の金融機関と異なっており、その点が大きなメリットになっています。これまでは、口座を開設するときは、対面での確認が原則でした。台湾などから1回、日本に来ていただき、写真付きの身分証明書(IDカード)などで本人確認をした上で口座を開設し、キャッシュカードなどをお渡ししていました。

 しかし、今年3月からは、台湾在住で対日投資を志向するCTBCバンクに既に口座をお持ちのお客さまを対象に、非対面での口座開設サービスを開始し、対象のお客さまには来日して手続きをしていただく必要がなくなりました。東京スター銀行においてもしっかりと本人確認を行いますが、CTBCバンク側で本人確認が既に行われているお客さまということで、強固なリスク管理ができるのです。

熊本工場を運営するJASM(熊本県菊陽町)

 

▼一つの街ができる可能性

―—TSMCの熊本進出をどうみていますか?

 TSMC効果は非常に大きいです。熊本県菊陽町やその周辺地域の土地の価格がすごく上昇する中、現地は建設ラッシュといってよい状態です。台湾や日本などの不動産関連会社が、TSMCや、サプライチェーン向けに企業の社員、その家族向けに、分譲マンションや、一戸建て住宅を造りたいという相談がとても増えています。

 TSMCなどの社員、家族の方々の定住人口がどんどん増えてくると、それに伴って、交通渋滞を解消するための道路の拡充といったインフラ整備や、レストラン、ホテルといった宿泊施設などの新設が不可欠になってきます。まさに、TSMCの進出に伴って、熊本県内にもう一つの新しい街ができるのではないか、と発展の可能性を感じます。

 TSMCの進出により、九州・熊本地域にとてもよい効果をもたらしていると考えています。TSMCの第2工場は第1工場よりもさらに大きな規模になります。それに併せるように、最先端の半導体生産関連の日本国内をはじめとした多くのサプライヤーの工場が熊本に進出することになるでしょうから、今後、5年ぐらいは建築ラッシュになるという手応えを感じています。そのような見通しがあるため、「熊本オフィス」の態勢強化を重要課題の一つにしているのです。

―—台湾の総統選挙で、対中強硬路線といわれる民進党の清徳氏が当選しましたが、中台の緊張関係をどう評価しますか。

 私は国際政治の専門家ではありませんので、コメントは控えさせていただきたいと思います。ただ銀行としては、当然のことながら「有事」があった場合には、何らかの影響があるのは間違いないため、何が起きても大丈夫なようにしておこうという認識は常にあります。例えば現在、東京スター銀行の資金調達は、CTBCバンクに頼っているわけではなく、あくまでも独自で資金調達を行い、独自で運用しており、その点はまったく切り離されて運営されています。そういう意味でも何が起きても困らないようにしておく、という備えは常に考えていますし、そもそも当行は日本の銀行法に基づく独立した日本の銀行ですのでご安心ください。

 ―—台湾、中国の富裕層ビジネスの取り組みを教えてください。

 これまでTSMCの台湾からの駐在員向けの金融サービスについて、熊本オフィスを拠点に提供していることを紹介しました。それとは別に、台湾、中国の富裕層ビジネスも展開しています。台湾などの富裕層は自分の資産をいろいろな国に分散しており、その一部の受け皿となれるのではないか、と取り組んでいます。

 ここでも、親会社との関係が生きてきます。CTBCバンクから紹介を受けた、同行に口座を持っている台湾の富裕層などから、外国為替市場の円安進行も背景に、東京、大阪などの不動産に投資したいという相談が増えています。その際、東京スター銀行が、口座を作るなど受け皿となり、不動産の購入資金を融資するというケースが増えてきました。

 しかも、日銀が今年3月、17年ぶりに「マイナス金利政策」を解除したことも追い風になっており、当行にとって、不動産融資の金利ビジネスの好調さに寄与しています。

 このほか、昨年8月、米国ハワイ州のセントラル パシフィック バンクと業務提携を行いました。台湾と同じようなビジネスモデルですが、セントラル パシフィック バンクから、日本の不動産を購入したいという、富裕層のお客さまを、当行に紹介してもらっています。この銀行は当行と似たようなDNAを持っています。米国の地銀でハワイ州3番目の資産規模で、創業は1954年です。戦後まもなくできた銀行ですけど、当時のハワイは、約5割が日系人でしたが、日本人に対する差別意識が激しく、日本人はお金を借りられなかったというのです。白人がローンを組んで家を建てる中、日本人はお金も借りられないから、家を建てることもできず、非常に貧しい状況に陥っていました。そこで、後の米上院議員として活躍する、故ダニエル・イノウエ氏らが、日系人のために銀行をつくろうと立ち上がってできた銀行なのです。

インタビューに応じる伊東頭取

 

▼社会から必要とされる銀行

―—そこまで、外国人向けビジネスに注力する狙いはなんですか。

 海外で暮らすことは、いろいろ悩み事や不安が出てきます。私たちはまず、そういうところから、お客さまの力になって、お客さまから必要とされることを目指したい。少しずつでいいので、それがビジネスにつながればいいという考えからですね。昨年の統合報告書にも書きましたが、日本の社会はもはや外国人抜きにはもう成り立たないのではないでしょうか。工場の現場、コンビニなど、いわゆる日本人だけやっているところの方が少ないぐらいです。一方で、日本にいる外国人に対する金融サービスはまだまだ不十分なのです。

 銀行口座をつくることは難しいし、お金を借りることも基本的にはできない。ただ、そういう人たちに対して、日本人と同じような金融サービスが提供できれば、われわれの存在価値が高まると思っています、最終的には、日本にいるすべての外国人に、日本人と同じ金融サービスを提供するところまでを目指したいと考えています。もちろん、マネーロンダリングへの対処を含め、リスク管理を徹底します。

 社会からなくてはならない銀行になることができれば、厳しい環境の中でも、私たちのような小規模の銀行も生き延びていけるはずだと確信しています。

―—日本の経済状況をどうみていますか。

 企業業績はそんなに悪くはないと思います。ただ、大企業や、輸出関連企業に限られており、多くの中小企業については厳しい状況が続いているのではないでしょうか。要因の一つは、外国為替の円安進行に伴い、輸入されている、さまざまな原材料が値上がりしていることや、人件費が上がっているのに対し、価格転嫁が 進んでいないことがあげられます。円安状況の変化とスムーズな価格転嫁が進まないと、多くの中小企業にとっては、継続的な業績向上にはつながらないと考えます。

 当行も各地の地銀さんと協力しながら、中小企業の価格転嫁がやりやすいようにするビジネスサポートも展開していきます。日本の品質の高いモノは、国内より海外でより高く売れる可能性が高いのです。そこで、地銀さんの持っている中小企業のお客さまを紹介いただき、海外の富裕層や、海外企業の取引につなげ、価格転嫁をした上で高く売っていけるよう、当行が親会社などを通じて、販路を拡大していくことができると考えています。そのような取り組みを通じ、日本経済のプラスに少しでも貢献したい。

―—親会社とのシナジー効果を活用しながら、他行があまりやらないサービスを提供しています。

私の個人的な経験をお話させてください。前職で、銀行の経営破綻を経験しました。バブルの経済の崩壊とともに、当時の銀行の経営は厳しい状況になっていました。1998年からの金融危機のまっただ中、私は労働組合の委員長を務めていました。この委員長時代は、サラリーマン生活の中で一番苦労した1年間でした。約1800人の組合員がいて、どのように雇用を守るか、という非常に難しい問題に関わったからです。あの1年を振り返れば、私自身をはじめ、行員とそのご家族は、銀行が破綻したことで、大変な状況に陥ることになったわけですが、あのような悲惨な経験を二度としたくない、銀行を破綻させてはいけない、という強い思いが、銀行経営のベースにあります。

 今後もCTBCバンクと連携しながら、グローバルな環境の変化の中で、戦略的にインバウンド需要をとらえ、日本経済に貢献したい。そして、この社会でなくてはならない銀行として存在意義を発揮していきたいと思っています。


略歴

伊東 武(いとう・たけし)1986年(昭和61年)、東京都出身。早稲田大学商学部卒。日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)入行。常務執行役員などを経て、専務執行役員から2022年5月に東京スター銀行の取締役兼代表執行役頭取に就任。