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攻めてる熱海魚市場 中川めぐみ ウオー代表取締役 連載「グリーン&ブルー」

  「日本有数の攻めてる魚市場」。筆者がそう注目し続けているのが、静岡県熱海市にある熱海魚市場だ。現在の代表取締役である宇田勝氏が就任してから、他の魚市場では例を見ない取り組みを次々に実行されている。

 象徴的なのが“市場居酒屋”や“魚祭り”といったイベント。普通、魚市場は漁業関係者しか立ち入ることができないが、熱海魚市場のイベントには老若男女、さまざまな人が訪れる。

 普段はケースに入った魚が並ぶ無骨な市場に、イベントとなると、たくさんの机と椅子、臨時の調理台、いくつもの大漁旗、さらにはステージまで登場するから驚きだ。宇田氏は自ら解体ショーを行い、浜焼きセットやあら汁を用意。近くの飲食店が露店を出して、料理やお酒を提供する。さらにステージではライブまで行われて、魚市場は熱気と笑顔に包まれる。

 ほかにも日頃から競り見学や干物作り体験会を実施しており、最近ではマルシェ企画で野菜や洋服まで並ぶようになった。こんな魚市場があるだろうか。

 他にも筆者が感銘を受けたのが“買参権(ばいさんけん)のオープン化”だ。買参権とは、市場で魚介類を競り落として購入する権利のこと。仲卸業者と呼ばれるような専門事業者が持つもので、長年の実績や信頼、市場のバランス関係が重視され、新規参入は難しい。

 そんな買参権を熱海魚市場は、地元の宿泊事業者や飲食店でも取れるようにしたのだ。もちろん最初は既存事業者たちから猛反対にあったという。

 しかし厳しい経営状況にあった熱海魚市場は組合員(買参権を持つ事業者)の数を増やす必要があったし、熱海という地域で見ても、地魚の流通量が増えることで、より魅力を発信できる可能性があった。

 宇田氏は熱海魚市場と地域の未来のために、一人一人を説得。ついに多くの宿泊事業者らが買参権を持ち、直接、新鮮な地魚を提供できる環境をつくり出したのだ。

 他にも“未利用魚”と呼ばれるような、知名度がなかったり、サイズが規格外だったりといった理由で値段がつかない魚を「熱海・未利用魚便」と称して箱詰めし、生活者に直接販売する取り組みも行っている。

 なぜこうしたチャレンジを次々と続けていけるのか。理由は危機感と使命感にあるという。
 水産物の消費量が日本全体で減少する中、活気を失う魚市場が増えると、それは漁業全体の衰退に影響する。対して市場が新たな役割として地域の賑(にぎ)わいの中心となり、漁業を応援するプラットフォームになれたなら…。宇田氏は魚市場から漁業や魚食文化に活力を与えようとしているのだ。

 全国各市場で背景は異なるため、同じことをするのは難しい。それでも自分たちにできるチャレンジは何なのか。そんな問いと勇気を与えてくれる熱海魚市場から今後も目が離せない。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.47からの転載】


中川めぐみ(なかがわ・めぐみ) (株)ウオー代表取締役。「釣り・漁業×地域活性」を軸に日本各地で観光コンテンツの企画・PRなどを行う。漁業ライターや水産庁・環境省などの委員も務める。