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VUCA時代の苦悩と希望 中川めぐみ ウオー代表取締役 連載「グリーン&ブルー」

 「VUCAの時代にどう対応していくか」。そんな話題が出た時に、筆者が思い出す漁師さんたちがいる。それは三重県尾鷲(おわせ)市・熊野市に拠点を持つ、株式会社ゲイトのみなさんだ。

 VUCAはVolatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った造語で、予測困難で変化が激しい状況を指す。元は軍事用語だが、グローバル化・技術革新・世界情勢の変動などさまざまな要素が複雑に絡み合い将来予測が困難な現代では、ビジネスシーンでも盛んに使われるようになった。

 VUCAという言葉を使うのは、都心の大企業やベンチャー企業が多い。しかし先にあげたような要素に加えて自然環境の激変にも向き合わなくてはならない漁業界は、まさにVUCAの真っただ中にいると言えるだろう。各地の浜を巡ると、現在・将来への不安や、どう対応すれば良いか途方に暮れているという話が圧倒的に多い。

 そうした中で常に新たなチャレンジをし、自ら変化し続けているのがゲイトのみなさんだ。ゲイトは元々、都内の飲食事業からスタートした。居酒屋チェーンを営んでいたが、食材の安定的な仕入れや安全性に課題を感じ、漁業現場を視察する中で、担い手不足や漁価の低迷に苦しむ漁師さんたちの状況を知った。「自分たちが漁・加工・流通も担うことができたら、港に新たな雇用や売り上げを生むことができるし、飲食店で出す料理のクオリティーも上がるのではないか」。そう考えた代表が、ご縁を持てた尾鷲で漁業権を取得し、漁と加工、それを東京の店舗へ運んで提供する一気通貫の仕組みを構築した。

 市場では値の付かない小魚なども、自分たちが料理して提供するなら問題ない。むしろ珍しくておいしい魚が食べられると人気が出た。

 さらには現場で働くメンバーに女性が多かったことから、漁業に関心のあるお子さんなどから“漁業体験がしたい”といった声が届くようになり、それを実践。港近くの空き家を宿に改装し、漁や加工の体験から、自ら取った魚の料理や宿泊まで、港町の魅力を思い切り楽しめる事業にも力を入れた。

 しかし2020年、コロナ禍が訪れる。都内の居酒屋は壊滅的な状況となり、順調だった浜と都心を繋(つな)ぐ仕組みも成り立たなくなってしまう。ここでゲイトが選択したのが、対象を人から動物へ思い切って転換すること。居酒屋を全て閉じ、ペットフード加工に振り切ったのだ。取れたての新鮮な魚を完全無添加で加工した商品はクチコミで徐々に人気が広がり、自社だけでは生産が追いつかず、外の事業者を巻き込むほどに成長している。

 こうして結果だけを文章にすると順風満帆に見えそうだが、その都度ものすごい苦悩や苦労があったと聞いている。それでも立ち止まらず動き続ける姿は、漁業界を超えてお手本にしたいVUCA時代の希望ではないだろうか。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.20からの転載】