はばたけラボ

【コラム】 ユネスコ登録から10年、「和食」の“世界発信”から“次世代継承”へ

 

 弁当作りを通じて子どもたちを育てる取り組み「子どもが作る弁当の日」にかかわる大人たちが、自炊や子育てを取り巻く状況を見つめる連載コラム。「弁当の日」提唱者である弁当先生(竹下和男)が、無形文化遺産である「和食」の次世代継承について考える———。

ミラノ万博日本館の前で
ミラノ万博日本館の前で
 「和食」の素晴らしさを世界に発信

 この3年間はコロナ禍で大打撃を受けましたが、復活しつつある外国人旅行者の中に「和食」を楽しみにしている人が多くいます。その理由の一つとして、2013年に「和食」がユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の無形文化遺産に登録されたこと、そして2015年にミラノ万博で日本館が果たした役割があると思っています。
 「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録されたのは2013年12月です。

 その背景には、2005年に食育基本法が制定されて以降、全国で食育実践方法が模索され、「和食」の素晴らしさがマスコミで取り上げられることが急増したということがありました。

 ユネスコ無形文化遺産保護条約は、2003年に施行された当初は民俗芸能・祭り・伝統技術の登録・保護が主な目的でしたが、2010年から次々と「食」の分野に広がりました。フランスの美食術・地中海料理・メキシコの伝統料理・ケシケキ(トルコの麦がゆ)の伝統がそれです。

 これらは、その地域の社会慣習と密接にかかわっており、放っておいたら消えてしまうものを保護する目的で登録したのです。

 日本も、「和食」でユネスコ無形文化遺産の登録を目指しました。「日本の食文化」も、放っておいたら消えてしまう危機にあるという認識がありました。

 「和食」の世代間連鎖が危機的状況にあること知っていた農林水産省は、「食」をテーマに、2015年5月から184日間にわたってイタリアのミラノで開催される万国博覧会に力を注ぎました。

 農林水産省のO氏が「弁当の日」の活動に理解を示され積極的に省内で働きかけてくださり、「弁当の日」も日本館に展示されることになりました。O氏の「快挙」に感動した「弁当の日」の仲間たちが連絡を取り合い、ミラノに飛びました。

 2015年9月5日、私たち視察団12人が日本館に着いたとき、待ち時間3時間(万博の閉会が近づいた頃は10時間になったこともある)の長い行列の間をすり抜けて、出展者というVIP待遇で入場できました。これもO氏の計らいでした。

 私たちは、世界各地の入場者から絶賛された「和食」の世界観を世界にアピールする展示(チームラボ制作)に感動し、私が撮影した10数枚の「弁当の日」写真の児童・生徒・学生の笑顔に歓声を上げ、レストラン近くで「ひろがれ弁当の日」の大きな横断幕を手に、記念写真を撮りました。

 ミラノ万博の日本館は、大きな成果を上げました。総来場者数は228万人で、イタリア新聞社のアンケートでは「一番素晴らしいパビリオン」「万博を見た後で訪れてみたい国」で1位に選ばれました。博覧会国際事務局が主催する褒賞制度「パビリオンプライズ」の展示デザイン部門でも金賞を受賞し、「最も好きなパビリオン」でも1位を受賞しました。

 日本館に大勢の来館者があり、最高の評価を得たということは、世界の人々が「和食」に魅力を感じたということでした。
 では、「和食」を継承していく世代育成は?

 国外から高い評価を受けることによって、国内でも見直される日本文化も多いようです。映画やアニメ、工芸・民芸・美術品がそうです。「子どもが作る弁当の日」の実践校の割合は全国数%です。「弁当の日」も、そうなってくれることを期待していましたが、帰国後今日まで、「弁当の日」に関しては「ミラノ万博効果」はありませんでした。ミラノ万博の日本館で、「弁当の日」の子ども・学生たちの写真が映し出されていたことを報道したニュースを、私は残念ながら知りません。

 これまで「和食」の素晴らしさの情報発信はできたけれど、「和食」を伝承していく世代育成が十分にできているとはいえません。
 農林水産省のホームページには「和食」の特徴が4つ示されています。

1,多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重

2,栄養バランスに優れた健康的な食生活

3,自然の美しさや季節の移ろいの表現

4,正月などの年中行事との密接な関わり

 この特徴が世代間連鎖し、家族が囲む食卓に料理が並べられるとき、子どもの心身は健やかになります。

 私は再度、2005年の食育基本法が生み出した「食育」ブームと、2013年のユネスコ無形文化遺産登録が生み出した「和食」ブームに乗せて、子どもたちの心身の健やかな成長のための環境づくりに励みたいと考えています。

 タイミングよく、2021年に制作されたドキュメンタリー映画「弁当の日」の自主上映会が全国で開催されています。小学生時代に「弁当の日」を経験した子どもが、親になって自分の幼子を台所に立たせている様子など、子どもや若者を台所に立たせる意味がよく分かる作品です。

 鑑賞した大人が、子や孫を台所に立たせ始め、家族の絆が深まったこと。内向的だった子どもが家族の「おいしかった」の反応に自信を持ち、明るく行動的になったこと。感想が次々と届いています。

 コロナ禍も3年目になって、やっとマスクが外れ、元の暮らしに戻ろうとしています。しかし、コロナ禍で常態化した三密を避けるマスク生活は、座学を増やし、体験活動を減らしました。特に、入学式や卒業式、遠足、運動会、文化祭など、学校行事が果たしていた非認知能力の育成が不十分であったことを思うと、大きな不安を残しています。

 そのリスクを小さくするためにも、大人たちが意図して、子どもたちの心身の健全な発達が期待できる環境を整えていくべきです。
 「国家百年の計は教育にあり」といいます。

 「子どもが作る弁当の日」の取り組みは、子や孫がわが子を台所に立たせるという、世代間連鎖を戦術としていました。

 すでに現在、香川県の滝宮小学校や国分寺中学校の「弁当の日」経験者が、成長し、結婚し、親になり、幼いわが子を台所に立たせているという現実を生み出しています。その幼子が親になり、祖父母になるのは、「弁当の日」スタートから百年先の未来なのです。

 自分の手料理を子や孫に食べさせる喜び、一緒に食べる楽しさが、遺伝子のように世代間を繋いでいけば、児童虐待や少年犯罪は減少を続けるでしょう。離婚は減るだろうし、子育てを楽しみたくて、子どもの出産は増えていくはずです。世代間連鎖をさせることが、「和食」の伝承であり、持続可能な社会づくりなのです。

 子どもたちが健やかに心身成長できるよう、「百年がかりの社会づくり」を、私たちの世代から始めませんか。

 竹下和男(たけした・かずお)
 1949年香川県出身。小学校、中学校教員、教育行政職を経て2001年度より綾南町立滝宮小学校校長として「弁当の日」を始める。定年退職後2010年度より執筆・講演活動を行っている。著書に『“弁当の日”がやってきた』(自然食通信社)、『できる!を伸ばす弁当の日』(共同通信社・編著)などがある。

 #「弁当の日」応援プロジェクト は「弁当の日」の実践を通じて、健全な次世代育成と持続可能な社会の構築を目指しています。より多くの方に「弁当の日」の取り組みを知っていただき、一人でも多くの子どもたちに「弁当の日」を経験してほしいと考え、キッコーマン、クリナップ、クレハ、信州ハム、住友生命保険、全国農業協同組合連合会、日清オイリオグループ、ハウス食品グループ本社、雪印メグミルク、アートネイチャー、東京農業大学、グリーン・シップとともにさまざまな活動を行っています。