この回の瀬名の行動で、もうひとつ印象的だったことがある。湖の畔にたどり着いた際、待機していた自分の身代わりの少女を「行くがよい。家にお帰り」と解放したことだ。家康は、瀬名と信康を助けるため、「身代わりとすり替える」という服部半蔵(山田孝之)の計画を採用した。だがそれは、2人の代わりに罪もない人間の命を奪うことを意味する。瀬名と信康を救うことで頭がいっぱいだった家康が、それに気付いていたのかどうかはわからない。いずれにしても、自分の家族のために領民を犠牲にしようとしたことは確かだ。だが、瀬名はそれを良しとしなかった。
では、瀬名はなぜ、そこまで国や領民のことを考えていたのか。それを考えるヒントになりそうなのが、第10回で築山に移り住んだとき、瀬名が家康と於大の方(松嶋菜々子)に語っていた次の言葉だ。
「一向宗の一揆で、民の声を聴くことが、いかに大事か思い知りました。私は里にいて、民の悩みや願いを聞き、それを殿にお届けしたい。里と城を私がつなぎたいと、殿にそうお願いをし、この築山を頂きました」
こうして築山で日々、民の声を聴き、その存在を身近に感じてきた瀬名だからこそ、自らを犠牲にして家康と国を救うこの回の最期の行動につながったのではないだろうか。冒頭に引用した言葉は、そんな瀬名が、自分の家族と国や領民を天秤にかけた場合、選ぶべきは後者であると、為政者の果たすべき義務とその過酷さを改めて家康に伝える言葉でもあった。
家康がそんな瀬名の思いに気付いたのかどうか、分からない。だが、その思いをくみ取って前に進んでいけるかどうかが、ひとつのターニングポイントになりそうな気がする。次回予告に登場する月代(さかやき)を剃った姿は、家康の大きな変化を予感させる。今後の展開に期待したい。
(井上健一)