まめ学

簡単ではない「石破政権」の誕生 【政眼鏡(せいがんきょう)-本田雅俊の政治コラム】

 7月7日の東京都知事選で小池百合子氏が圧勝したことで、多くの自民党議員はほんの少しばかり胸をなで下ろした。だが、同じ日に行われた都議補選では、自民党はわずか2勝しかできず、惨敗に終わった。二階俊博元幹事長は「幕開けは早すぎる。まだ日はだいぶある」と苦言を呈したものの、9月20日説が浮上している総裁選の投開票日が確定する前後から、候補予定者たちは一気にのろしを上げる。

 岸田文雄首相は10日、NATO(北大西洋条約機構)首脳会議に出席するため、日本をたつ。総裁再選を目指す岸田首相は、得意だと自負する外交分野で内閣支持率を数パーセントでも上向かせようと躍起だが、容易ではない。それに、この時期、米国のバイデン大統領やフランスのマクロン大統領と会っても、決して明るい会話にはなるまい。むしろ、「首相としてこれが最後の欧米旅行になるかもしれない」(野党国対)。

 世論調査でもちまたの下馬評でも、「ポスト岸田」の最有力候補は石破茂元幹事長である。外相や財務相といった主要閣僚は務めたことはないものの、衆院当選12回で政治経験は実に豊富だ。過去4回、総裁選に出馬したこともある。3年前、総裁選への出馬を見送り、派閥(水月会)もグループ化したため、「石破は終わった」などとやゆされたが、今、総裁選が行われれば、石破氏は間違いなく“善戦”する。

 しかし、永田町での石破氏の人気はいま一つだ。なぜか。永田町で少しばかり“ヒアリング”をしてみるだけで、「正論を振りかざす」「後ろから平気で鉄砲を撃つ」といったネガティブな意見が聞こえてくる。政治の師・故渡辺美智雄氏の「政治家は勇気と真心を持って真実を語れ」の教えを石破氏がかたくなに守り、実践していることも、永田町の住民たちにとっては煙たい理由なのかもしれない。

 石破氏の独特かつ評論家的な言い回しが鼻につくという者もいる。「国会議員たるもの、たえず総裁選に出られる準備はしておくべきだ」「推されて断るような無責任なことは許されない」といった回りくどい言い方をするよりも、素直に「総理になりたい、総裁選に出たい」と懇願したほうが、周りは応援したくなるはずだ。さらに、石破氏の腕組みに近寄りがたさを感じる者もいる。なるほど、心理学的にそれは“防御姿勢”を意味するらしい。

 のみならず、石破氏を極端に嫌う者もいる。故安倍晋三元首相と犬猿の仲であったこともあり、旧安倍派の中には今でも“石破アレルギー”が渦巻く。さらに、麻生太郎副総裁の“石破嫌い”はあまりにも有名だ。故田中角栄元首相は「味方を増やすより敵を減らせ」との名言を残したが、政界には石破氏の“敵”は少なくない。岸田内閣の支持率が著しく低迷しても、永田町で石破氏への支援の輪が大きく拡がらないのは、そのことが一因だ。

 そもそもの人気が“巷高政低”の構図であるため、自民党全体が石破氏に本気ですがるのは、にっちもさっちもいかなくなったときだし、そうあるべきだ。そうでなければ、たとえ“石破首相”が誕生しても、辣腕(らつわん)を振るえない。逆に、相対的優位でなまじ首相の座を射止めても、党内基盤が弱い石破氏は、結局は国民世論と党内世論の板挟みに遭うだけだ。はしゃぎすぎれば、かつての三木武夫首相(当時)のように「負の荷物だけ背負わされて、すぐに“石破おろし”が始まる」(閣僚経験者)ことになる。

 石破氏は安全保障や社会保障、人口減少などの問題について一家言持っているし、「いつでも出せるように政策のリニューアル作業をしている」(石破氏)という。だが、国民の人気や期待は移ろいやすい。今、圧倒的多数の国民が求めているのは、異常な物価高に対する確かな処方箋と実行にほかならない。あまつさえ、デジタル化に慣れつつある国民は、すぐに数値による結果を期待する。新たな政権が誕生したとしても、半年もあれば期待は失望に変わりうる。政権の“賞味期限”は長くはないのだ。

 石破氏が総裁選に出られるか、首相になれるか、そして政権を維持できるかどうかはまだ分からない。小泉純一郎元首相が石破氏に“総理への心構え”として諭したように、「才能と努力と運」は重要だろう。その中でもとりわけ「運」の占める割合は実に大きく、あえてその中をのぞき込めば、“石破政権”が誕生するか否かは、自民党の「改革志向の本気度」と「政権維持・再選への危機感」、そして「石破氏への憎しみの度合い」の強弱といった要素から構成されているのではないか。もっとも、現時点では、石破氏にとってまだまだ「天気晴朗なれども波高し」のようだ。

【筆者略歴】

 本田雅俊(ほんだ・まさとし) 政治行政アナリスト・金城大学客員教授。1967年富山県生まれ。内閣官房副長官秘書などを経て、慶大院修了(法学博士)。武蔵野女子大助教授、米ジョージタウン大客員准教授、政策研究大学院大准教授などを経て現職。主な著書に「総理の辞め方」「元総理の晩節」「現代日本の政治と行政」など。