『ボレロ 永遠の旋律』(8月9日公開)
1928年、パリ。スランプに苦しむ作曲家のモーリス・ラベル(ラファエル・ペルソナ)は、ダンサーのイダ・ルビンシュタイン(ジャンヌ・バリバール)からバレエの音楽を依頼される。
彼は失ったひらめきを追い求めるかのように自身の過去に思いをはせながら、試行錯誤の日々を経てついに傑作「ボレロ」を完成させる。だが、この曲に彼の人生は侵食されていく。
フランスの作曲家ラベルによる名曲「ボレロ」の誕生秘話を描いた音楽映画。監督はアンヌ・フォンテーヌ。ブリュッセル・フィルハーモニー管弦楽団の演奏による「ボレロ」に加え、ヨーロッパを代表するピアニストの一人であるアレクサンドル・タローがラベルの名曲の数々を演奏した。
オープニングで、さまざまな形で演奏される“現代の「ボレロ」”が映るのが印象的。これはフォンテーヌ監督がこの曲の普遍性を示したものだが、「ボレロ」の認知度の高さに比べると作曲者のラベルについてはあまり知られていない。
その意味では、ラベルの数奇な人生を描いたこの映画には、「ボレロ」の成功がラベルにとっては不本意なものであったことなど、教えられることが多かった。ペルソナの好演も光る。
例えば、「ボレロ」のリズムは工場の音から発想を得たことは知っていたが、そこから完成までの紆余(うよ)曲折は知らなかったので、とても興味深いものがあった。
これは、『グレン・ミラー物語』(54)の「ムーンライト・セレナーデ」や、最近ではクイーンの『ボヘミアン・ラプソディ』(18)の同名曲、エルトン・ジョンの『ロケットマン』(19)の「ユア・ソング」、『ボブ・マーリー:ONE LOVE』(24)の「エクソダス」などと同じように、知っている曲が出来上がっていく過程を垣間見るという快感が得られる。これは音楽伝記映画の醍醐味(だいごみ)の一つだ。
また、ルビンシュタインの「ボレロ」の踊りの場面から、クロード・ルルーシュ監督の『愛と哀しみのボレロ』(81)のラストのモーリス・ジョベールの振り付けとジョルジュ・ドンの舞踏のルーツを見た思いがした。
もう一つ興味深かったのは、時系列を崩した展開とラベルをアセクシュアルとして描いていたこと。これによって、ラベルにとっては音楽が恋人であり、彼を囲む女性たちはミューズ的な存在であったことがよく分かる。
黒澤明監督の『羅生門』(50)で早坂文雄が「ボレロ」に似た音楽を作曲し、官能的なシーンに使ったが、「ボレロ」という曲が持つ官能性の秘密はラベル自身にあったのだと、この映画を見て改めて気付かされた。
※アンヌ・フォンテーヌ監督インタビュー掲載中。