カルチャー

「このジャンルの頂点」 【コラム 音楽の森 柴田克彦】

 モーツァルトの名曲の一つに「グラン・パルティータ」という作品がある。モーツァルトがウィーンに移った1781年当時、この街では「ハルモニー」と呼ばれる管楽器のアンサンブルが好まれていた。そこでモーツァルトは、管楽器用のセレナードをいくつか創作した。当時の管楽アンサンブルの基本編成は、オーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴット各2本の八重奏だが、本作は、これにバセット・ホルン(低音クラリネットのような楽器)とホルンを各2本追加し、さらにはコントラバスを加えた13人という異例の大編成。しかも全7楽章の大作となった。

 管楽器用法の達人モーツァルトは、ここで存分に腕をふるい、この種の作品の枠を超えた充実度の高い作品を書き上げた。第3楽章や第5楽章の深みのある美しさ、第6楽章の変奏の妙は中でも絶品。著名なモーツァルト研究者アインシュタインが「このジャンルの頂点」「これに続くものは後世にも出ていない」と述べたほどの傑作となっている。

 今回ご紹介するのは、このモーツァルト作品と、現代屈指の世界的邦人作曲家・藤倉大(ふじくら・だい)が同じ編成で書いた作品を併録した「ふたつのグラン・パルティータ」と題するディスク。これは元々、天才ホルン奏者(元・NHK交響楽団首席奏者)福川伸陽(ふくかわ・のぶあき)のプロデュースによって内外の名手が集結した、昨年11月のコンサート「インターナショナル・ウィンド・サミット」で披露された演目で、筆者も会場で聴いて大いに感心したのだが、ディスク制作に当たって公演翌日にセッション録音も行い、完成度をより向上させている。

ふたつのグラン・パルティータ インターナショナル・ウィンド・サミット キングレコード KICC 1624 3300円

 何しろメンバーが物凄(ものすご)い。海外のトップ級奏者たちが各パートに集い、日本の代表格と共演している。人数が多すぎるので名を挙げるのは避けておくが、掛け値なしに驚くほどの名奏者ばかり。演奏自体も、両曲ともに各自が高い技量と持ち味を発揮しながら見事に融合していく名演だ。  特にモーツァルト作品は愉悦感満点。生気と躍動感に満ちた第1楽章、典雅にして絡み合いの妙を堪能できる第2楽章、実にふくよかで遅い曲ながらもリズムが明確な第3楽章、中間部の歯切れ良さが光る第5楽章、第1楽章同様に溌剌(はつらつ)とした第7楽章…などなど、チャーミングな音楽が続き、ともすれば単調に演奏されて長さを感じがちなこの曲の真髄を実感させてくれる。

 一方、藤倉大の作品はホルンが活躍するどこか雅楽風の音楽。こちらも、現代の日本人作曲家がモーツァルト同様の作品を書いたら一体どうなるか?の一つの解答として実に興味深い。  このアルバムを聴いて、一般ファンが看過しがちな管楽合奏に目を向けてほしいと願わずにはおれない。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 10からの転載】

柴田 克彦(しばた・かつひこ)/ 音楽ライター、評論家。雑誌、コンサート・プログラム、CDブックレットなどへの寄稿のほか、講演や講座も受け持つ。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)、「1曲1分でわかる!吹奏楽編曲されているクラシック名曲集」(音楽之友社)。