エルネスト・ショーソンの「バイオリン、ピアノと弦楽四重奏のための協奏曲(コンセール)」という作品をご存じだろうか? ショーソンは、ドビュッシーの7年前に生まれたフランス近代音楽の草分け的存在。「詩曲」「交響曲変ロ長調」「愛と海の詩」などの繊細で抒(じょ)情的な名作を残したが、44歳で事故による不慮の死を遂げた。
本作は充実期の1891年に書かれた室内楽曲。風変わりな編成のため演奏機会には恵まれていないが、繊細なリリシズムとロマンに溢(あふ)れた傑作だ。特徴は、バイオリンとピアノをソロ楽器、弦楽四重奏を伴奏楽器とする「協奏曲」、バロック時代の「コンチェルト・グロッソ=合奏協奏曲」、フランス語の原題「コンセール」が持つ「器楽の合奏音楽」といった意味合いや、「弦楽四重奏の伴奏付きの二重奏曲」、「ピアノ六重奏曲」などさまざまな要素を併せ持っている点。すなわち複合的な性格を有している。
そのような作品を味わうのにうってつけのCDがリリースされた。日本を代表するバイオリニスト樫本大進(かしもと・だいしん)、フランスの名ピアニスト、エリック・ル・サージュと、ドイツの実力派、シューマン四重奏団が共演した1枚である。
樫本は、日本屈指のソリストであると同時に、世界の最高峰に位置するベルリン・フィルの第1コンサートマスターを長年務めている。艶美な音色には以前から定評があったが、オーケストラの経験を重ねるにつれて表現力も幅を増し、今や深みと細やかさが加わった雄弁な音楽を聴かせている。しかも彼は、協奏曲も演奏すれば、ル・サージュとのデュオも行い、室内楽のル・ポン国際音楽祭も主宰している。つまりさまざまな形態の演奏に通じているがゆえに、複合的なショーソン作品を弾くにはもってこいの奏者といえる。
実際その演奏は、濃密かつ繊細で表情が実に豊か。ほど良く主張する樫本のバイオリン、意味深いル・サージュのピアノと、弦楽四重奏とのバランスも絶妙で、曲の魅力を明快に堪能することができる。中でも優しげな風情が美しい第2楽章のデリケートな表現が聴きものだ。
本CDには、近代フランスのオルガニストで作曲家ルイ・ヴィエルヌのピアノ五重奏曲も収録されている。こちらは20世紀の作品だが、第1次大戦における息子戦死の苦悩を反映したシリアスな曲調は、ショーソンのコンセールの後継作品のごとし。ここも樫本とル・サージュをはじめとする名手たちが、共感のこもった迫真の演奏を展開し、ショーソン作品以上に馴染みのない音楽の真価を伝えてくれる。
こうした好盤が出た機会に、超メジャーではないフランスの室内楽曲の妙味を知るのも悪くないだろう。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 6からの転載】
しばた・かつひこ/音楽ライター、評論家。雑誌、コンサート・プログラム、CDブックレットなどへの寄稿のほか、講演や講座も受け持つ。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)、「1曲1分でわかる!吹奏楽編曲されているクラシック名曲集」(音楽之友社)。