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「日韓は薩長同盟」の真意は? 【平井久志×リアルワールド】

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 韓国大統領選挙が6月3日に投開票される(本稿校了は同日昼)。本誌が出るころには新しい大統領が選出されているはずだ。昨年12月に尹錫悦(ユン・ソンニョル)前大統領が非常戒厳を宣布した時には日本メディアの関心も高かったが、なぜか大統領選にはあまり関心がない。トランプ米大統領の関税問題に関心が集中したせいか報道は低調だ。

 昨年11月の米大統領選挙ではトランプ氏の当選を予測する「もしトラ」や「ほぼトラ」という言葉が生まれた。韓国大統領選も革新系最大野党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)候補の当選可能性が高そうで、一部では「もし明」とか「ほぼ明」とささやかれている。

 日本で最も高い関心は、李在明政権が生まれたら、尹政権で良くなった日韓関係が再び反日政策に戻るのではないかという問題だ。

 李在明候補は5月26日、遊説先の京畿道水原(キョンギドスウォン)市で「親日とか反日とか二者択一の方式ではなく、賢明にアプローチすべきだ」とし「過去を直視しつつ未来志向で韓日関係を解決していくという金大中(キム・デジュン)・小渕宣言(韓日パートナーシップ宣言)の原則が望ましい」と強調した。どうも「反日」とか「親日」とかレッテル貼りをするなという主張のようだ。

 李在明候補は5月9日の日韓関係がテーマの討論会に祝辞を贈り、「両国の協力は経済と安全保障の面で重要だ」と強調しつつ、両国の歴史問題は「未来志向の関係構築のために必ず解決しなければならない」とも訴え、日韓間の懸案として、東京電力福島第1原発処理水の海洋放出を挙げたりもした。元従軍慰安婦や元徴用工という歴史問題や処理水の問題には韓国の主張をしていくという姿勢だ。

 李在明氏は大統領選が近くなると日本批判のトーンを弱めつつあったが、選挙情勢が優位だと判断したのか、終盤戦ではかなり明確な対日姿勢を示し始めた。それは安保や経済、社会・文化面では日本と協力するが、歴史問題では言うべきことを言っていくという姿勢だ。

 尹政権で日韓関係は大きく改善された。だが、それは元徴用工問題で韓国政府傘下の財団が被告となった日本企業の代わりに資金を出す「第三者弁済」という解決策を出したように、韓国側の譲歩によって実現したもので、日本は具体的に何もしていない。

 そんな中で、李在明候補の外交・安保・通商分野の有力なブレーンである金鉉宗(キム・ヒョンジョン)・元大統領府国家安保室第2次長が訪米先で5月8日、対日関係について「現在の状況で韓日は日本の長州藩と薩摩藩が協力した水準で協力する必要がある」という興味深い発言をした。

 金氏は日本の小学校に通ったという日本通でもあるが、日本の小学校でいじめられ、日本に良い感情を持っていないという話もある。さらに2019年の日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄決定を主導したとされる人物でもある。

 この発言は、敵対していた薩長も倒幕のために同盟したように、何かと対立する日韓も対中国、対北朝鮮の安保状況の中で協力しなければならないという意見のようにも思える。

 しかし、敵対していた薩長が同盟を結ぶには坂本龍馬のような卓越したリーダーが必要だった。今、坂本龍馬はいるのだろうか。状況さえ変われば「長州征伐」のような敵対関係もあり得るということなのか。

 金氏は、朝鮮半島平和交渉本部長などを務めた元外交官の魏聖洛(ウィ・ソンラク)議員とともに、李在明政権になれば外交安保分野の要職に就くのではないかとみられているだけに、「薩長同盟」言及の真意を知りたいところだ。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 22からの転載】

平井久志(ひらい・ひさし)/ 共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞、朝鮮問題報道でボーン・上田賞を受賞。著書に「ソウル打令 反日と嫌韓の谷間で」(徳間文庫)、「北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ」(岩波現代文庫)など。