社会

戦争の後始末を生き続ける 【サヘル・ローズ✕リアルワールド】

筆者撮影

 戦争は、いつ終わるのだろうか。停戦が成立した日でしょうか。終戦を迎えた日でしょうか。

 中国残留孤児の歴史を、そして皆さんの歩みを知るたびに、戦争には「歴史の中で終わる日」と、「人生の中で終わる日」があることを思い知らされます。

 1945年8月、旧満州ではソ連軍の侵攻によって、多くの日本の方々が、あの混乱の中で家族と離れ離れになってしまいました。幼い子どもたちの中には、中国人の方に引き取られ、そのまま中国で育った人々がいる。彼らが戦争を始めたわけではない。国家の政策を決めたわけでもない。

 ただ、その時代にその土地で子どもとして生まれた。それだけで、人生そのものが戦争によって大きく変えられたのです。

 日本語を知らず、自分の本当の名前や誕生日も分からないまま成長した人もいた。ようやく日本へ帰国できても、言葉や文化の違いに苦しみ、「中国人」として見られることも少なくなかった。

 一方、中国では「日本人」と呼ばれる。どちらの国にも居場所を見いだせず、「自分は何者なのか」と問い続けながら生きてきた人々がいるのです。

 日本政府は永住帰国支援や日本語教育、生活支援などの制度を整備してきた。制度があることは大切です。しかし、制度が整ったからといって、失われた人生まで元に戻るわけではない。

 幼い日に別れた家族との時間は戻らない。母語を失った痛みも、自らのルーツを探し続ける苦しみも消えることはないのです。厚生労働省によると、今年6月30日現在、中国残留邦人の永住帰国者は6731人で、家族を含めると2万918人となっています。

 また、残留日本人孤児として把握された2818人のうち、身元が判明したのは1284人にとどまっています。今もなお、身元が判明しないままの人もいます。

 終戦から81年が過ぎても、戦争は終わっていないのです。そしてこれは決して過去だけの問題ではない。今もガザ、ウクライナ、スーダン、ミャンマーでは、多くの人々が故郷を追われている。家族と離れ離れになった子どもたちも少なくない。

 戦争が奪うものは命だけではない。故郷、言葉、教育、家族との時間、自分が誰であるかという記憶まで奪っていくのです。

 私たちは戦争を死者の数や破壊された建物で語りがちになる。しかし、本当に恐ろしいのは、その後に何十年も続く人生に与える影響ではないだろうか。

 攻撃が止めば、ニュースが終われば、世界の関心は別の場所へ移る。しかし、被害を受けた人々の時間は、そのまま進み続ける。

 戦争を始める責任だけではなく、「終わらせる責任」についても考えなければならない。

 避難させれば終わりではない。帰国させれば終わりでもない。生活を支援するだけで十分でもない。言葉を学び、地域に根を下ろし、自分らしく生きられる環境を築くまで寄り添うことが、本当の意味での「戦後処理」ではないのでしょうか。

 残念ながら戦争を始めた政治家や指導者が、その後の兵士や市民の人生まで責任を負うことはほとんどない。しかし、その国のトップの決断によって人生を変えられた人々は、一生かけて戦争の後始末を生き続けなければならない。

 中国残留孤児は、その事実を懸命に伝え続けている。戦後80年以上を迎えた今、私たちは「戦争を繰り返さない」と誓うだけでは足りない。

 生まれてしまった犠牲と今も続く苦しみに目を向け、「置き去りにしない」という責任を社会全体で共有しなければならない。

 戦争が本当に終わるのは、最後の銃声が消えた時ではない。戦争によって人生を奪われた人々が、「忘れられていない」と感じられる社会になった時、ようやく終わりへと近づくのだと私は感じています。

サヘル・ローズ 俳優・タレント・人権活動家。1985年イラン生まれ。幼少時代は孤児院で生活し、8歳で養母とともに来日。2020年にアメリカで国際人権活動家賞を受賞。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.33からの転載】