-刑事役の佐藤二朗さん。彼は杏にとってはある意味恩人ですが、他の人にはひどいこともするみたいな、人間の多面性が出ていたと思うんですけど、彼はいかがでしたか。
佐藤さんもすごく繊細な方でした。なるべく演技を抑制して、やり過ぎないように、杏に寄り添っていくというのを、すごく心掛けていらっしゃるなと思いました。撮影中に一番いろんなことを話したのは佐藤さんかもしれません。「この刑事はどういうことをするんだろう」とか、「たばこをポイ捨てする芝居をやってみようと思うけど、どう思う」とか、そういうディスカッションをたくさんしました。
-記者役の稲垣吾郎さん。彼の役も、仕事と情のはざまで悩むような役でしたが、彼がカラオケを歌うところが面白かったです。
カラオケの場面は、この3人の関係性が一番いい時だったので、その高揚感が出ればと思って作りました。ブルーハーツの曲を僕が選んで、歌ってもらったんですけど、すごく面白かったです。稲垣さんが一生懸命歌ってくれている。あまりうま過ぎずに歌うところがいかにも一般人という感じがしてよかった。なじんでいていいんですよね。生活感があって。
-この3人のアンサンブルが印象的でしたが、演出していてどんな感じでしたか。
楽しそうでしたね。ラーメン屋のシーンとかもそうですけど、社会的に置かれた環境も違うし、職業も違うんだけど、たまたま出会った3人の距離がだんだんと近くなっていくという。ご本人たちも 楽しんでいる感じでした。撮っていて、こちらもすごく幸せな気持ちになりました。
-その分、その後に起きることとのギャップが大きくて、余計にやるせなさを感じたんですけれども…。
そうですね。そこはもう本当に現実にコロナ禍の時に僕らが体験したことだと思うんですけど、人と会ってはいけないとか、近づいてはいけないみたいなことを急に要請されて、分断されていくみたいなことがあって。やっぱり1人になってしまうと、すごく孤立してしまうというか、悩みごとも気軽に相談できないし。その空気感は、自分もコロナ禍の2020年を思い出しながら撮っていて、実際に映画の中でも、どんどん杏が孤立してくので、 あそこはやっぱり苦しかったです。
-これから映画を見る読者に向けて一言お願いします。
僕は、いろんなことを忘れないでいてほしいと思っています。それはこういう事件だけではなく、自分の身近なことでもいいと思うんです。この前はこうできなかったけど、次はこうしようみたいなことを忘れないでいたら、少しは未来がよくなるんじゃないかなと。そういうことをこの映画を見て思っていただけたらうれしいです。それこそ、隣人が困っていたら、声を掛けるでもいいんですけど、そういうふうに思えたらいいなと。やっぱり現実を忘れさせるだけが映画の使命ではないので。
(取材・文・写真/田中雄二)