-大半の場面でマスクをかぶったままの登場ですが、ご苦労もあったのでは?
やっぱり、大変でした。視界が限られていたので、目出し穴の位置も細かく調整していただきましたし。ただ、この映画のムードとして、どこか浮世の話でない雰囲気がありつつ、同時にすごく生々しい瞬間があり、奇妙な話なのに、実際にあるかも、と思わせるものがあります。そのはざまを行き来する絶妙なバランスが作品の面白さだと思ったので、この世界観なら“マスクをかぶった人の生理”みたいなものが、そのまま仕草として出ても面白いのではないかと。だから、とっぴな存在ではあるけれど、そもそもマスクに慣れているキャラクターではないので、見づらいときはその都度、マスクを直すようにしていました。
-そうすると、お芝居としては、共演者とのやり取りの中から生まれるものが大きかったのでしょうか。
それももちろんあります。ただやっぱり、黒沢監督が明確に「ここはこう動いてほしい」とアイデアを提示してくださったことが大きかったです。特に大事なシーンについては、クランクイン前から、「こういう動きで」と明確な指示がありました。そこに黒沢監督という人が表れている気がしたので、きちんと再現するつもりで撮影に臨みました。その一方で、どういう感情の流れでその動きになるのかは、こちらに任せてくださった印象です。まず外見の動きを監督に見せていただき、どんな感情の流れでその動きになるのかは、逆算して自分で埋め、ズレがあれば再度、監督に修正していただく、という感じでした。
-そういう黒沢流の演出はいかがでしたか。
すべて指示通りに…ということではなく、俳優が自由にできる領域も残してくださったので、面白かったです。しかも、黒沢監督が現場で見ているものも、すごく興味深くて。すべて事前に決めた通りではなく、現場でインスピレーションを刺激されるものがあれば、「面白いですね。じゃあ、それも生かしましょうか」ということもありましたし。
-具体的にはどんなことでしょうか。
例えば、僕がトイレでボコボコに殴られているシーンでは、現場で打ちのめされた僕の顔のすぐ横に小便器があるのを見た黒沢監督が「そこに血を吐いてください」と。そんなふうに、自由に動ける“遊び”の部分も残っていて、その柔軟性とご自身の美意識へのこだわりのバランスが見事で。こういうやり方なら、俳優はみんなやりやすいだろうなと。いろんな方と、いろんなスタイルの作品を撮られてきた監督なので、その中で洗練されてきた結果が、今の形なのかなと思いました。
-その結果、完成した映画をご覧になった感想はいかがでしたか。
文字からは想像できない気味悪さや怖さが、映像や音で表現されていて面白かったです。黒沢監督以外では味わえない世界が詰まった作品だと思うので、ご覧になった皆さんの感想がすごく気になります。
-黒沢作品に出演したことで、俳優として収穫になったことは?
日本を代表する映画監督のお1人なので、その方の現場に立てたことは大きな体験になりました。知らなかった場所に一歩、足を踏み込ませていただき、そこがこういう作りになっているんだと、目で見て、肌で感じられたこと自体が大きな収穫です。今回だけに終わらず、ぜひまたご一緒できるように、これからも頑張っていきたいです。
(取材・文・写真/井上健一)
『Cloud クラウド』9月27日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー