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米価高止まりの恐れ ハードル高い農政改革 アグリラボ編集長コラム

 「増産にかじを切る」と農政改革に意欲を示していた石破茂首相は9月7日に退陣を表明、改革の行方は次期政権に委ねられた。看板だけ書いて開業前に休業するラーメン店のようなものだ。

 一方、値下げに取り組んできた米価は、新米の価格が前年と比べて大幅に値上がりしており、高値が続く恐れがある。政府備蓄米の放出で米の流通量が増え、米価は落ち着く兆しを示していたが、相場観は7月から8月にかけて一変した。この夏に何が起きたのか。

 連日の猛暑で、一部の産地では精米ベースでの供給が減る恐れが生じた。ただ、これを織り込んでも「供給量は前年より50万トン増える」(日本国際学園大学の荒幡克巳教授)という見方が支配的で、需給バランスだけでは新米の値上がりを説明できない。

 もう一つの変化は、農水省が例年7月に公表していた米の需給見通しの先送りだ。市場参加者は相場観を形成する手がかりを失い、「思惑先行型」の疑心暗鬼の市場になっている。農業協同組合(JA)は前年、民間業者に買い負ける形となり集荷不足に陥った。この反省から農家へ支払う前払い金(概算金)を大幅に引き上げている。

 JA全農にいがた(新潟市)の概算金は3万円(コシヒカリ玄米60キロ)で前年産当初比で1万3千円、76%も高い。民間業者はJAの動きを先読みして、より高い値段で集荷している。どちらが先に仕掛けたのかは不明だが、両者は集荷で競り合っている。

 果たして、供給が増える中で高米価を維持できるのか。通常は不可能だ。余る米をどこかで吸収して需給バランスが均衡する水準まで調整が必要になる。その受け皿として想定されているのが政府備蓄だ。備蓄の適正量は100万トンとされているが、度重なる放出で約30万トンに低下している。遅かれ早かれ備蓄水準の回復が課題となる。

 ただ、これには財源が必要だ。以前と比べて米価は約倍になっており、通常の買い入れと同量だとしても政府の負担は倍増する。この財源確保には政治力が必要だ。市場参加者は農林議員の動きに注目している。備蓄米の買い入れを後押ししてくれれば、価格の下支えを期待でき、高値で集荷しても損失の恐れが小さい。

 7月20日の参院選の結果は、農林議員の健在ぶりを印象付けた。農業協同組合(JA)グループが比例区に送り出した組織代表は約19万票を獲得し、自民党が比例区で獲得した12議席のうち6位で当選した。組織候補としては全国郵便局長会、全国建設業協会に次ぐ3位だ。

 自民党が幅広い浮動票の支持を失った結果、党内では生産者団体に支えられた農林議員の影響力が相対的に強まっている。次の焦点は、次期政権が農政改革をどのように引き継ぐかだ。

 石破首相は、辞任会見の冒頭で、農政改革について「十数年前、私が麻生(太郎)内閣の農相を務めていた時からの強い思いでありました」と述べた。さらに質問に答えて「農政改革は焦眉の急」と強調した。2009年の「強い思い」とは、販売価格が生産コストを下回った場合にその差額を補う「不足払制度」の導入で、「減反選択制」と呼ばれた。

 当時は、米価の下落を恐れる農林議員の猛反対で挫折した。今回も、農林議員の反撃は不可避だ。後継政権は「強い思い」を引き継ぐだろうか。党内の難しい調整を実現できるだろうか。新米相場の高騰は、改革のハードルの高さを映している。

(共同通信アグリラボ編集長 石井勇人)