「インクルージョン」(Inclusion、包摂、包括、受容)――。最近、新聞、テレビ、SNSなどで、見かけない日はないほどのカタカナ言葉の一つだろう。それと併せて使われているのが、「ダイバーシティー」(Diversity、多様性)。たとえば、経営方針の一つとして、それぞれの英語の頭文字をとって、「D&I推進」を掲げる企業も増えてきた。
少子高齢化が急速に進む日本の雇用環境が変化する中、性別、国籍、年齢などの壁をなくし、多様な人材を積極的に採用していこうという背景がある。一つの解釈として、「ダイバーシティー」とは、人材の多様化を目的として採用することを指し、「インクルージョン」とは、その採用された人材を包摂、受容しながら活用することで、自分らしく輝ける職場環を築き上げることだ。
「コーチ」「ケイト・スペード」「スチュアート・ワイツマン」のブランドを傘下に持つ、タペストリー・インク社の日本法人タペストリー・ジャパン合同会社は2022年度、社内に「インクルージョンチーム」を発足させた。「多様性を認めながら、よりインクルーシブな職場環境をどのようにつくるか」を考える、ブランド、部門を超えたインクルージョンチームのメンバーに集まってもらい、活動について話し合った。
―—日本のインクルージョンチームはいつ発足したのですか。
Ran 「コーチ」「ケイト・スペード」「スチュワート・ワイツマン」という、それぞれアイコニックなブランドを擁するタペストリーグループとなったときに、ブランドを超えて、それまで以上に国やカルチャーを超えていろんな人が集まりました。
EI&D(Equity:公平性、Inclusion:インクルージョン、Diversity:多様性)についてもっと考えてみようということで、2019年ごろに北米と欧州で「インクルージョンカウンシル」が先行して立ち上がり、日本を含むAPAC(アジア太平洋地域)では2022年度に、よりインクルーシブなカルチャーをつくっていくことで、多様な人材、一人一人が輝けるような職場環境をつくりたいという思いで立ち上がりました。アジア太平洋地域の中のインクルージョンチームは、各国・マーケットから約20人が集まり、私たち日本チームはそのうちの6人です。
―—インクルージョンチームに参加したきっかけは。
Satomi チーム参加のきっかけは、前の職場で女性という理由で活躍しづらい環境を体験したことや、学生時代にマイノリティーに属している友人がマイノリティーであることを理由に嫌な思いをしたのを聞いたことです。そういう経験を通し、このままでいいのかという思いで参加しています。
チームができた初年度は、何をしたらいいだろうという話し合いであっという間に1年間が終わってしまい、具体的な活動まではかないませんでした。今年の活動の中では外部の講師の方を招いて講演会を開き、多くの従業員が参加することができました。皆さんを巻き込んで活動することができ、大きな一歩になったかと思います。講師の方に来ていただくことで、従業員の目線でこれは「会社ごと」としてしっかりとやっていくんだな、というふうに受け止めるきっかけになったと声が寄せられています。
Mieko 息子が小学校、中学校の時にLGBTQを考えさせる授業が割と多くあったようなのです。その話を家で私に説明してくれたのですが、息子は「あまりにも(授業数が)たくさんあってうんざり」と言うのです。「何がうんざりという気持ちにさせてるの?」と息子に聞くと、「(LGBTQを)特別扱いをしない」という授業を受けているのだけど、それだけを何度も何度も聞かされると、「結局、特別扱いしてる」と、息子はとても違和感を持ったということでした。
それを聞いた時、私はLGBTQのことについて、そして大きな視点での多様性・インクルージョンについてよくわかっていないことに気づきました。どういうふうに考えるべきなのか、子どもに対してどう伝えればいいのかと感じました。そんなときに、社内のインクルージョンチームメンバー募集のメールをみて、勉強してみようと思い参加しました。きっかけは息子のLGBTQへの、彼なりの違和感でしたが、チームに参加したことで、いろんな考え方があり、いろんな立場の人の意見を聞くことできて、考えるきっかけをもらっています。
―—今年の具体的な取り組みを紹介してください。
Satomi 今期はまず、私たちの日本チームにおいてのゴール設定を行いました。欧米のチームの事例も参考にしましたが、バックグラウンドや働き方も異なるので、日本ではまずはEI&Dについての認知度や理解度を上げていくことを大きなゴールとして設定しました。そこに向けて何ができるのか考えたときに、まずは社員の皆さんの状況が見えていなかったので、全従業員に向けたサーベイを実施しました。EI&Dの理解度や興味のあるトピック、過去の経験や課題を感じたことについて尋ねました。
回答いただいた社員の中から、数人の方にチームのメンバーがインタビューでより詳しくご自身の経験を語っていただきました。そこから何ができるかを話し合った上で、従業員に向けた講演会や「東京レインボープライド2024」のパレードへの参加などを実施しました。
Ran ご存じのように、LGBTQなど性的少数者や支援者による「東京レインボープライド2024」が4月21日、東京都内で開かれました。このパレードへの参加は任意だったのですが、参加した社員らの反響は大きかったです。パレード参加前に、ご家族で「LGBTQのテーマについて話せた」「多様性・インクルージョンを考えるきっかけになった」などのいい反応がありました。来年以降もパレード参加などを通じ、考えるきっかけになる社内外イベントを計画してほしいという声もチームに寄せられました。
個人的には、このパレードに会社として参加できたことの気持ちがとても強いです。企業として参加する意義を、つまり多様性をみんなで考えていければ、と思います。インクルージョンチームでの取り組みはLGBTQのコミュニティーに対することだけではなく、介護であるとか、障がい、ワーキングマザー、ワーキングファーザー、独身、ペットを飼っている方、いろんなコミュニティーがあり、それぞれのライフステージや価値観もありますから。
Mizuho 「東京レインボープライド2024」のパレードにただ参加するだけではなく、社員の理解を深めAlly(アライ、支援者)となれるように、事前にNPO法人東京レインボープライドの共同代表理事の杉山文野さんに、社内で講演会も行っていただきました。杉山さんからは、LGBTQ当事者らが置かれている立場についてリアルな話を聞くことができました。参加した社員の理解が深まったのではないかと思います。講演には100人以上が参加し、いつでも録画を視聴できるようにしています。
―—サーベイを行った結果の中で、どんな課題が出てきましたか。
Satomi 従業員の方が興味関心あるテーマということでは、コミュニケーションスタイルや、ライフスタイルの多様性などについて考えたい、という意見が多く出ました。コミュニケーションスタイルでいうと、店舗ではアルバイトから店長まで、年齢、バックグラウンドが多様な方が集まっており、ハラスメントを意識しすぎて店長がどう若い従業員に接してよいのか、業務上の注意もどこまでしてよいのか、分からない、困っているという話を聞きました。日常業務の中で、チームメンバーの多様性や価値観を認めて、どのように働くのか、という点が一番の関心があるトピックだといえるでしょう。
―—現場の店舗への関わり方は?
Naoya 全国にまたがり、お客さまと接する店舗からは、個々の店舗が物理的に離れているため、みんなで集まって情報交換したり横断的に連動したりすることが難しい、という声を聞きます。そのような現状を踏まえ、今年度、店舗での活動を推進するためにプロジェクトを立ち上げ、しっかりと現場の声を聴いて、どういった課題があるかという意見を集めて、アクションに移そうとしています。
店長クラスでも、自分たちより若い世代へのコミュニケーションを工夫するためのヒントが欲しいという声も多いですが、一人一人の色合いを大切にしながら日常のコミュニケーションをとり、自信を持って接することなど、店舗をマネジメントする私たちの方からもアドバイスできるように積極的に多様性・インクルージョンについて勉強しています。
店舗配属となる新卒の社員は、5年後、10年後に私たちの会社・ブランドを支える世代ですので丁寧に寄り添っていきたいと思います。
―—多様な働き方の実例を紹介してください。
Ayako 私は転職をして初めての外資系の会社で、カルチャーの違いを感じました。誰でもフラットに私の話を聞いてくれるのです。前職では男尊女卑だったり、上の人が偉いとか、若い女性は会食に連れていかれたりといった経験をしていたので、タペストリーでは1人の人、個性として認められているのだという感覚を受けました。
ネコとフクロモモンガを自宅で飼っていて、私にとってはペットも家族で、タペストリーでは、介護をされている方や子育てしている方と同じように家族の問題として扱ってくれます。うちのネコはちょっと病気を持っていて、通院のために離席やお休みをいただくときに「ペットぐらいで・・・」といったような反応は絶対にされないですね。
むしろ周りの人は背中を押してくれます。「Ayakoさんの家族の問題」として認めてくださっています。タペストリーにはもともと、一人一人の事情を認めてくれるという雰囲気がありますが、インクルージョンの活動がますます活発になってきたことで、よりオープンにしやすくなってきたと感じています。
お休みに関して言えば、有給のフレックス休暇もあります。年次有給とは別で付与されるので、自分の人生において大切なことがあったときに「休んでいいよ」という形のお休みが3日間あります。
Ran 昨年の末に、実家のワンちゃんが亡くなったときに、有給休暇、在宅勤務、フレックス勤務をフル活用させてもらい、ほぼ1週間休みました。周りの方も親身になってくれて、気持ち的にもすごくありがたかったです。やっぱり、まだ有給休暇という枠だと、自分特有の事情で利用していいのかなとか、社員によっては迷いはあると思います。この3日間のフレックス休暇があることで、一人一人のニーズに合わせて、心理的により使いやすい、休みの選択肢が増えていると思います。
Mizuho 最近、就労規則の見直しがあり、1日の必須勤務時間がミニマム3時間になり、残りの時間を週の中で調整できるようになりました。月の就労時間を自分で管理する必要はありますが、かなりフレキシブルに自分のスケジュールをコントロールできるようになっています。働き方がフレキシブルになり、例えばワーキングペアレントの方が在宅勤務を活用することで、本来の通勤時間分を労働に当てることができ、時短勤務をする必要がなくなった、という話も聞きました。
Mieko 私は半年病気で仕事を休んだのですが、普通に戻ってくるって、当たり前のことじゃないよってよく言われます。復帰を受け入れていただいて、休む前はもう退職するしかないのかな、と考えていましたが、自然に戻ってくることができました。友人と話していると、そのようなことは珍しいようで、タペストリーは制度や環境が整っていると感じます。
―—今後の抱負を聞かせてください。
Mizuho 日本インクルージョンチームの活動は2022年からですが、今年度は社員を巻き込んだ形での活動として動き出せた実感があります。EI&Dの課題は多岐にわたりますが、より一層当社に必要なことをもっともっと見つけていきたいと考えています。今年度築いた基盤の上に、来年度はよりたくさんの活動ができると思うので楽しみにしています。すごくいい会社なので、それをもっとコミュニティーやマーケットに知っていただきたいとも思っています。ここでしかかなわないことやここでしか得られないポジティブなカルチャーがたくさんあるので、いろいろな人にそれを伝えていきたいです。
Naoya EI&Dってすごく身近なところにあって、みんなと一緒にやっていきたいし、広げていきたいです。何かを解決するために考える、というよりは、当たり前にできる会社でありたいですね。
Satomi 今年やり残したと感じているのが、店舗の方にもっと参加していただいて一緒に考える時間を持つということです。拠点が離れていることもあり実現できなかったですが、次年度は実現したい。一人でも多くの方が心から安心して働ける、そしてそれを皆さんから皆さんに波及していくみたいなお手伝いをもっとしていきたいです。
あとは今、見えていない課題が社内に潜んでいるかもしれないので、その見えない課題に踏み込んでいきたいと思っています。
Ayako このインクルージョン活動に参加し、自分をきちんと表現していいんだな、っていうことに気づけたのが大きな収穫でした。特に店舗勤務の方など、まだそこに気づいてない方もいらっしゃると思うので、一人一人が認められているっていうのをためらわないでほしいというのを伝えていきたいと思っています。
インクルージョンとかって、何か一つの明確な答えがあるわけではないので、みんなで一緒に悩める環境をつくっていきたいなと思っています。
考え方が違うことは悪いことではないと考えており、お互いを理解しあっていてコミュニケーションを密にとれていれば、ネガティブな印象では終わらないと思います。お互いのことを知る機会をつくり、発言しても大丈夫な環境をつくっていきたいです。
Mizuho 相手の意見に同調する必要はないということは大切なことです。インクルージョンを議論すると、相手の意見をすべて受け入れなければいけないと考えているという声も聞きますが、理解を示す・認めることは必要でも、すべてを受け入れたり同調したりする必要はないでしょう。
Mieko 意見を言いたい人もいれば、意見を言えないけどいろいろ抱えている人もいる。そういう違いみたいなのがあることを知ることが大切だと思います。違いを理解した上でのコミュニケーションを取るためのイベントなどを、社内で企画したいです。例えば、年代やジェンダーなどにかかわらず、どんな人でも参加できる「ゆるスポーツ」のイベントをぜひ開催したいです。
Ran 社会で起きている課題、問題などを、一企業では解決できないけれど、タペストリーで働く環境や、カルチャーっていうのは私たちそのものであって、私たち自身でつくれるので、これをみんなでつくっていこうよ、と考えています。この点を今後も、繰り返し言っていきたいです。インクルージョン活動の一つのゴールは、会社の一人一人が「自分ごと」として、このカルチャーを一緒につくっていく、そこにあるのではないかと思っています。