元京都大学原子炉実験所助教で原子力廃絶の研究を続けている小出裕章(こいで・ひろあき)さんは語る。「(東京電力)福島第一原発の汚染水をどうするのかという問題は、単に汚染水のことだけではなくて、実は日本の原子力の死命を決する問題なのです」
福島第一原発の敷地内に130トンの東電がいうところの「処理水」、分かりやすくいえば「浄化処理はしたものの主に放射能(物質トリチウム)が残った水」があると言う。「どんなにきれいにしようとしてもトリチウムは絶対に取り去ることはできません」と小出さん。
小出さんは言う。「そのトリチウムで汚染された水を海に流そうと国や東電は言っていますが、やってはいけないことです。トリチウムの半減期は10年です。海の深層に流せば表層に出てくるまで1000年かかるので、私は放出を仮にするにしても、深層に放出すべきだと主張しているのです。しかし、国と東電は表層に放出しようとしています」
東電の計画では、トリチウムが残る汚染水に大量の海水を混ぜてトリチウム濃度を薄めた上で、沖合約1キロに放出する。政府は浄化処理した汚染水の海洋放出の開始は「2023年春から夏ごろを見込む」としているが、反対の声が上がっている。
「でも国は必ず海に流します」と小出さんは断言する。
「それには理由があります。炉心から取り終えた核燃料が250トンあるのですが、その中のトリチウムをどうしようかという話になっています。もし福島第一原発事故がなかったなら、国と東電は青森県六ヶ所村での再処理に回すはずでした」
「六ヶ所村の再処理施設はトリチウムを海に流すと(いう条件で)認可されました。もし汚染水の海への放出が認められないのならば、再処理工場を動かせなくなってしまう」
「使用済み核燃料の再処理を自民党政権は諦めるわけにはいかない。日本の原子力の死命を決する問題がそこにあるからです」と小出さんは語る。
六ヶ所村には国の「核燃料サイクル」政策の中核施設が集中している。使用済み核燃料を化学処理してウランとプルトニウムを取り出す「再処理工場」と、それらを混ぜて燃料にする「MOX燃料工場」だ。敷地内に、各地の原発から持ち込まれた使用済み燃料3000トンを保管している。使用済み燃料は全国の原発にもおよそ1万6000トンある。
使用済み核燃料の処理は、電力会社などの出資で設立された日本原燃(六ケ所村)が担う。だが、1993年の着工から30年経ったいまも稼働していない。97年の完成を目指していたが、相次ぐトラブルや福島第一原発事故などによっての「中断」である。
日本原燃は昨年の末に「完成時期を2024年度の早い時期」に設定し直した。岸田文雄政権の「原発回帰」方針にのっとって各地の原発の再稼働が進められれば、六ヶ所村での使用済み核燃料の収容能力は限界に近づき、処理が急がれることになる。
さらに小出さんが問題視するのは日本政府が保有する46トンのプルトニウムだ。長崎型核爆弾を4000発作ることができる量である。2013年8月16日のテレビ朝日番組「ニュースステーション」で自民党の石破茂・衆議員議員は次のように述べていた。「原子力発電というのはそもそも、原子力潜水艦から始まったものなのですのでね。日本以外の国は、原子力政策というのは核政策とセットなわけですね。ですけども、日本は核を持つべきだとは私は思っておりません。しかし同時に、日本は作ろうと思えばいつでも作れる。1年以内に作れると。それはひとつの抑止力ではあるのでしょう」
岸田政権は2022年12月22日、新しいタイプの「次世代革新炉」の新増設や「リプレース」といわれる建て替えをする方向性を打ち出した。次世代革新炉として挙がったのは〇革新軽水炉〇出力30万キロワット以下の小型軽水炉〇高速炉〇高温ガス炉〇核融合炉。
だが、小出さんは語る。「核融合はできません。仮にできたとしてもやってはいけないと思います。核融合の燃料はトリチウムです。反応するかどうかの前に、トリチウムそれ自体が放射能物質だから、そういう技術は使ってはいけません。究極的な環境汚染を起こすと思います」
2011年3月11日、東日本大震災が発生し、それによって巨大津波に襲われた福島第一原発では深刻な事故が起きた。その日に発令された「原子力事緊急事態宣言」は今も解除できないままだ。事故後、一度は原子力からの撤退に向かった。「そして安倍晋三首相ら自民党政権は原発を復活させたいのが本音だったのだろうが、誰もそれを言えなかった。だが、原発回帰を岸田首相は言い出してしまった」と小出さん。
原発回帰の主な理由の一つとして、地球温暖化の原因である二酸化炭素(CO2)を排出しないクリーンさが挙げられている。「原子力の燃料であるウランを燃やしてもCO2は出ない。でも、原子力の燃料であるウランを燃やすと核分裂生成物つまり死の灰が出る。核分裂生成物は放射性物質であり、放射線は微量でも生命体に危険を伴う。生命にとって必須の物質であるCO2が悪くて、生命にとって必ず危険を伴う死の灰がクリーンだなどという主張は初めから間違っています」と小出さんは強調した。
「原発も機械であり事故から無縁ではいられない。事故が起きたらどうするのかという問いに対して、原子力をやっている人たちは非常に単純な答えを出したのです。つまり、都会には原発を作らないことにしたのです。電力の恩恵は都会が受け、危険は過疎地に押し付けられた。こんな不公平・不公正は初めから認めてはいけない」と小出さんは言う。
ひとたび事故が起こったらどうなるかは福島第一原発事故によって私たちは経験をし続けている。小出さんによると。福島第一原発事故で大気中に放出されたセシウム137は広島原爆にして168発分だと日本政府がIAEA(国際原子力機関)に報告している。
「面積でいうと約1万4000キロ平方メートルの大地が『放射線管理区域』にしなければならない汚染を受けたのです」と小出さんは説明する。「本来、放射線管理区域では水も食べ物もダメなほどですが、放射能は五感で感じられない。そこが怖いところです」
「溶け落ちた炉心(デブリ)が今どこにどのような状態で存在しているか、12年近くたとうとする今も分からない。デブリの取り出しは100年たってもできません。そして大地を汚染している放射能の主成分はセシウム137で、その半減期は30年。100年たっても10分の1にし減らないのです」と小出さんは話した。
小出さんは2023年1月22日に東京都武蔵野市内の「武蔵野プレイス」において、子どもの本の専門店「クレヨンハウス」が開いた「原発とエネルギーを学ぶ朝の教室」で、「いま、原発回帰を許さない!」と題した講演を行った。150席の会場は満席となった。
小出さんは原子核工学の専門家。平和利用を志して原子力を学んだが、1970年、宮城県女川での反原発集会に参加したことをきっかけに、原子力利用を止めることを目的として研究を続けることを決意した。京都大学原子炉実験所に勤務しながら反原発を貫き、2015年、定年退職。現在も各地で講演活動を続けている。
主な著書は、『原発事故は終っていない』(毎日新聞出版)、『フクシマ事故と東京オリンピック』(径書房)、『原発ゼロ』(幻冬舎ルネッサンス新書)など。共著にも『原子力村の大罪』(KKベストセラーズ)などがある。
文・桑原亘之介