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【はばたけラボ インタビュー】「あなたがどんなあなたでも大好きよ」 予期せぬ妊娠出産で困難に陥る女性と赤ちゃんを救う――助産師永原郁子さん

 未来世代がはばたくために何ができるかを考えるプロジェクト「はばたけラボ」。食べること、くらすこと、周りと関わること、ワクワクすること・・・。今のくらしや感覚・感性を見直していく連載シリーズ。

 予期せぬ妊娠出産で困難に陥った女性や赤ちゃんを救う——。マナ助産院で助産師を務めるかたわら、2018年に始めた公益社団法人「小さないのちのドア」(神戸市北区)の代表理事を務める永原郁子さん。「小さないのちのドア」は、お母さんが赤ちゃんとともに相談に訪れるための「ドア」だ。2023年の12月年末、関西・経営と心の会で「関西・こころの賞」を受賞した永原郁子さんに話を聞いた。

 

関西・経営と心の会で受賞した「関西・こころの賞」の賞状を手にした永原郁子さん
公益社団法人「小さないのちのドア」代表理事の永原郁子さん

 

Q1 「小さないのちのドア」とは、どんな活動ですか。

  思いがけない妊娠や、育てることが困難な方の24時間の電話相談をしています。2018年9月に始めましたが、当時の日本には妊産婦のための24時間の相談も、生活支援の制度もありませんでした。行政に相談に行っても、「妊婦には使える制度がないから、産んでから来てください」とおっしゃられたんです。国に制度がなければ、民間で始めるしかないと思って始めたのが、この「小さないのちのドア」でした。今まで5万件ほどの相談を受けてきました。

 住むところがない、パートナーと連絡がつかない、また、頼るべき実家が受け皿になっていない場合、妊婦は働くことが困難になるので、住むところがなくなります。そういう方の生活支援、自立支援をさせていただいています。皆さまのご支援の中、2020年12月に自立支援のマタニティーホームを建て、今で3年目になりますが、50人ほどの女性を支援してきました。

Q2 「赤ちゃんポスト」なら聞いたことがありますが、違いは何ですか。

  「ポスト」は開けて赤ちゃんを入れていくタイプですけど、あれも最後のとりでだとは思っているのですが、「ドア」にしたために、お母さんが赤ちゃんを連れて入って来てくださるようになりました。赤ちゃんは状態が悪いので、すぐに救急搬送。実はお母さんも、産んですぐに移動されているので、血まみれなんですよね。体を拭いて、お母さんもちゃんと診察して・・・。

Q3 自分でお産をして来られるんですか?

 来られてから、あれっと思ったら陣痛が起こっている方もいました。遠いところは、電話で搬送できるように手配もします。そのお母さんに申し上げるのは、「赤ちゃんを捨てに来たんじゃないよね? 助けるために来てくださったんですよね?」と聞いています。ご本人もあまり気が付いていないんですが、「赤ちゃんを守りたいから、ここに来てくださったんですよね?」と聞いたら、大概「うん」と言います。

Q4 活動を始めたきっかけは?

 (公益社団法人「小さないのちのドア」の立ち上げは2018年ですが、)実は2000年に始めたんです。きっかけは、その数年前から少年犯罪が多発していたことでした。神戸の連続児童殺傷事件、さらに西鉄バスジャック事件、岡山金属バット母親殺害事件・・・。助産師である私たちは、彼らが生まれた時のことを知っています。生まれる時は、みんな目をキラキラと輝かせているんです。ところが、それから十数年たつと、希望を持ってチャレンジしている子もいれば、反社会的な行動を取らざるをえない子もいる。「みんな一生懸命に生まれてきた命だよ」ということを伝えるのが、私たちの役割だと思ったことがきっかけだったんです。

 それと、子どもたちが性の問題を抱えていること。今もそうですけど、子どもたちの性の乱れ、中絶も多いです。性の延長線上に命があります。性と命という2つの問題を同時に話すと、どちらも効果があるということが分かりました。性と命の両方を語れるのが私たちの職業の特徴なので、ずっと語り続けてきました。

Q5 助産師として、自然出産を推奨してきたそうですね。なぜですか。

 そうですね。実はほとんどが医療なしでお産ができるんです。異常が起これば医療が必要ですが、正常範囲であれば、できるだけその出産される方が満足できるお産を提供したいと思ってきました。「自分はやったんだ、一つの命を生み出したんだ」っていう気持ちが高まるような。

 今もですが、自己肯定感が低い人が多いんです。自己肯定感がない、つまり自分を愛せないまま子どもを愛すことは難しいです。日本は、存在そのものの価値みたいなものをなかなか言わない社会になってしまいました。戦後、敗戦国の貧しさから、高度経済で「できること」とか「持つこと」「速いこと」がもてはやされていますので。一人の人の存在そのものに価値あるという価値観が崩れてしまっている。そんな中で自己肯定感を持てないでいると、子育てに影響します。

 いつそれを回復するかというと、お産なんですよね。お産の時に、「自分はやれた」という思いが持てるようなお産を私たちが提供する。そんなお産がしたいと思って助産院を開業したんです。実際、このお産をした後、その方も助産師になった方が10人以上いて、彼女の人生に影響を与えたのかなという思いがあります。「このお産があったからこそ、子育てできている」という言葉も、何人もの方から聞いていて、良かったなと思っています。

Q6 今後はどのように活動していきますか。

 実はこの前、子ども家庭庁からヒアリングに来てくださいました。私たちが経験した中で、これが大事と思う話をしたんです。例えば、医療職だけでは無理です。医療職と福祉職、心理職も。心理職の力は、すごくありがたいです。あと弁護士も。多職種でやらないと、彼らを支えられません。医療職だけが突出するのは失敗します。当事者は傷ついてらっしゃるので、その傷が癒えたといえるほどの温かいものに触れないと、本当の意味での自立ではなくて、繰り返してしまいます。そんなことを申し上げました。2時間ほど聞いてくださって、「全てはできないかもしれないけど、できるだけ聞いたことを頭に入れながら事業を作っていきます」とおっしゃいました。

 これからの私たちのすることは増えていくと思っています。こういう施設の質をちゃんと担保していくために、横のつながりを作っていきたいです。そのためだったら、私たちのしていることをお教えするし、また新しくされる方のケースも教えていただきたいし。「ちゃんと質が担保される事業にしてください。そのためには私たちも手を貸します」ということも申し上げました。

Q7 妊娠出産で困難に陥る人、悲しい事件が減るといいですね。

 実は、2022年にお産をやめました。これまで2000人以上の赤ちゃんを取り上げました。赤ちゃんポストは他にありますけど、ドアはここだけなので。「小さないのちのドア」の活動は、国に制度がなく、私に経済力もあるわけでなかったので、大海原に小舟一艘(そう)みたいな感じで始めたんです。周りは本当に心配したと思います。でも2024年に、困難を抱える妊産婦の居場所確保・自立支援事業が、国の法定事業になることになりました。変化を感じ始めたのは2022年あたりからです。それまで、行政は冷たい感じだったのですが、県を挙げてと言ったら言い過ぎかも知れませんが、「やりましょう」という感じになったんです。

 そこで、私は2つのことはできないと思うようになりました。お産も本当に気を使う仕事で、24時間の仕事なんです。未受診で陣痛が起こったという方が4カ月に1人くらい。未受診でかつ生まれてしまったという方は、1年に1人か2人訪れています。妊娠中期で未受診という人はひと月に3、4人ほどいて。どれも、24時間で対応しています。これからは国も事業も法定化されるので、こうした命を守る拠点が広がっていくのではないでしょうか。

Q8 この30年間で、妊産婦の状況に変化はありましたか。

 30年ほど前は、いわゆるアラフォーといわれる人たちがお産する年代だったんです。みんな元気いっぱいでしたね。「こういうお産がいいよ」と言ったら、みんな「いいよ!いいよ!」って(笑)。だから、子育ても楽しそうでした。サークルで集まったり、ポコポコとサークルもできて。でも、今のママたちは、横につながるのを好まない人が多い感じがします。私の感覚ですけど。コロナがあって、なおさらそうなのかもしれないですけどね。子育てが孤立化しているんじゃないでしょうか。

 新生児の遺棄事件は、厚労省が平成15年から調べています。今度、子ども家庭庁に変わるので統計が少しちぐはぐになるかもしれませんが、19歳以下の虐待死を調べると、生まれてすぐの0歳0日が一番多いんです。それはずっと変わっていません。中絶の数も、全体数が減っているので、減っているように見えますが、割合は同じくらいです(6.4人生まれるのに対して1人が中絶)。

Q9 こうした活動を続けてきた永原先生から見て、「ヒトが人になるためには必要なこと」は何だと思いますか。

 たくさんの人がおっしゃったかもしれないけど、「愛されること」ですね。うちに来られる方は、虐待を受けてしまった方が多いので、大変傷ついています。生育歴で、または社会の冷たさ、あるいは信頼するパートナーから・・・。それで、産婦人科と同時に精神科にもかからないといけない人がいっぱいいます。その女の子たちに私が言っているのは、「世の中は冷たい面もあるけれど、あなたのことを、大切だと言ってくださる方がたくさんいるよ」ということです。無条件で愛されること。「あなたがどんなあなたでも大好きよ」って思ってくれる人がいること。愛がないとしんどいと思います。

Q10 最後に、これから妊娠出産を経験する世代に向けて、メッセージをお願いできますか?

  準備をしてほしい、ということですね。講演でも、「赤ちゃんは裸で生まれてくるんだ」といつも話しています。60センチのベビー服は3カ月で着られなくなるし、ベビーカーもピンからキリまで。ブランドの高級品までは買わなくてもいいけれど、もうある程度クッションの効いた快適なベビーカーにわが子を乗せたいでしょ? といった話をしています。自立して、その赤ちゃんが幸せに大きくなるように、自分で考えて、それに対する責任が取れる。経済的にもちゃんと自活できる。それが準備です。幼稚園の子にも、「自分で仕事をしたお金で買い物ができることが条件だよ」と言っています。

 一緒に暮らそうと思う人と出会って、結婚して、赤ちゃんを育てる準備ができること。うちに来る子どもたちには、「パートナーと仲良く暮らせることも大切な準備だよ」と言っています。そして妊娠した時に、「困った」という妊娠ではなくて、「うれしい」という妊娠をしてほしい。5カ月ぐらいから胎動を感じるんです。その時に、恐怖の胎動じゃなくて、「うれしい!」っていう胎動を感じてほしいです。

関西・経営と心の会で受賞した「関西・こころの賞」の賞状を手にした永原郁子さん
関西・経営と心の会で受賞した「関西・こころの賞」の賞状を手にした永原郁子さん

 

永原郁子(ながはら・いくこ)/1957年生まれ。神戸市立看護大学臨床教授。93年、神戸市北区にてマナ助産院を開業。自然出産や子育て支援を通して地域母子保健に携わる。00年に性教育グループ「いのち語り隊」を立ち上げ、幼稚園、小中高校、保護者や教職員に向けて講演を行う。18年に予期せぬ妊娠で途方に暮れる女性の24時間相談や、住む所がない妊婦の生活・自立支援を行う「小さないのちのドア」をスタート。


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