撮り鉄や乗り鉄、飲み鉄など、鉄道好きのジャンルは多彩でにぎやかだ。それだけ鉄道を楽しむツボは人それぞれ千差万別ということだが、それらの多彩なファンを生み出す鉄道の引き出しの多さにも驚かされる。150年余りの鉄道史の中で行われてきた列車の改良や付帯サービスの充実など、鉄道会社をはじめ関係者が鉄道の魅力を増す工夫を重ねてきた結果だろう。
列車内での飲食提供・販売サービスも、時代の変化に合わせて多くの工夫がなされてきたものの一つ。列車内食堂をはじめ沿線の地元食材を使った弁当の車内販売など、列車での旅情に味わいを添えてきた。
駅構内売店の品ぞろえの充実などを理由に、東海道新幹線のワゴン販売は昨年10月限りで鉄道ファンに惜しまれつつ終了したが、JR東日本の首都圏8路線(東海道線・横須賀線・総武快速線・湘南新宿ライン・宇都宮線・高崎線・常磐線・上野東京ライン)の普通列車グリーン車での車内販売は根強い人気で、現在も販売額は順調に伸びているという。
「朝は缶コーヒー、夜は缶ビールやチューハイ、ハイボール、ジンソーダのお酒がよく売れますね。熱海などの観光地に向かう路線では昼ごろから缶ビールを楽しむ観光客の方も多いので、午前でも缶ビールを他の路線より少し多めにバスケットに入れて車内を回ります」
こう笑顔で話すのは、「グリーンアテンダント」の髙城友歌さん(24)。グリーンアテンダントは、JR東日本のグループ会社・JR東日本サービスクリエーション(東京都千代田区)の従業員で、グリーン車内でグリーン券の改札・販売のほか、飲み物やお菓子・おつまみ、軽食の販売を行っている。
主に東海道、横須賀、総武快速線の3線のグリーン車に乗る髙城さんは、首都圏路線で活動する数多くのグリーンアテンダントの1人で昨春この仕事に就いた。まだ就業1年に満たない新人だが、先輩の教えをよく吸収して目立つ存在の1人(JR東日本サービスクリエーション総務チームの小林幹太さん)だという。
季節や天気、時間帯、曜日、乗客の年齢層、路線ごとの売れ筋商品、路線周辺の大型催事の開催情報、グリーン券の販売が増える駅などグリーンアテンダントが頭に入れておくべきことは少なくない。これらのたくさんの情報を踏まえて、髙城さんはバスケットに入れる商品の種類、量を乗車のたびに毎回臨機応変に取捨選択し、2階建ての2両編成(4~5号車)のグリーン席計180席を回る。
髙城さんはバスケットに入れる商品選択のポイントをこう説明する。
「主要駅の商品倉庫にある商品をキャリーケースに詰めて乗車しますが、当日の車内状況に応じて車内で持ち歩くバスケットにどの商品を入れて売るのかは、グリーンアテンダント個人が判断します。私は、朝はパンやワッフル、夜はお酒と一緒におつまみをバスケットにたくさん入れます。また熱海に向かう路線の乗務の際は、他路線より多めにおつまみをキャリーケースに詰めます。大先輩になると、最初のキャリーケースに詰める量からして私と違います。商品をたくさん売る自信があるのです」
倉庫に準備する飲み物やお菓子・おつまみ、軽食の総商品点数は、複数銘柄商品を加味すると30点近くに上る。その商品はJR東日本サービスクリエーションの担当部署が決定する。乗客の好みの変化に対応し、商品の顔ぶれは3カ月ごとに見直す。見直しの参考にするのは、販売実績データのほか、乗客に日々接するグリーンアテンダントが提出する、乗客から聞き取った商品要望の報告だ。
これらを参考に、飲み物は昨年11月の見直しで「翠ジンソーダ缶 」(サントリー)を新たな顔触れに加えた。「いろんなおつまみとの相性がよく、おつまみとの相乗効果で売上増が期待できる」とJR東日本サービスクリエーション業務企画チーム次長の大塚良治さんは追加理由を説明する。
新商品は目新しさからグリーンアテンダントも乗客に声掛けしやすくなる。髙城さんも「翠ジンソーダが新たに加わったのでよくご案内します。おつまみもご一緒にいかがですかとなるべく声を掛けるようにもしています」と力が入る。
バスケットに入れる商品選択のほか、髙城さんが気を配ることはもう一つある。乗客の目線だ。細心の注意を払い、乗客が目で訴えるメッセージを素早く的確に受け取ることを心掛ける。座っている乗客と立って通路を歩くグリーンアテンダントの間にはその高低差から視線のずれが生じやすいうえ、乗客の正面からだけではなく、背面からバスケットを持って通路を進むことがあるので、気を付けないと乗客の目線の変化を見逃してしまう。
「バスケットを少し傾けて低い乗客席からも商品を見えやすくするなどして、商品が欲しいとアピールしていただけるお客さまの目線の変化に気づくようにしています。お客さまの背面から通路を進む際はなるべく振り返りつつ正面からお声がけできるようにも努めています」と髙城さんは目線の重要性を指摘する。
乗車する東海道線の車窓から品川―新橋間のカーブの景色が見えると、1日の乗務の終わりが近づき、降車する準備に入る。動く職場の車窓の景色は常に変化する。アルバイトで経験した接客業が好きでグリーンアテンダントの世界に飛び込んだ髙城さんはこの動く職場の魅力をこう語る。
「お客さまに寄り添うことができるのがこの仕事の魅力です。店舗とは違い、職場自体が移動する、なかなかできない経験もしています。車窓の景色の変化も楽しいですね」
車窓の景色と同様、鉄道の楽しみ方も変化する。近年はグリーン車の新たな楽しみ方の一つとして、正月の箱根駅伝(東京箱根間往復大学駅伝競走)コースと並走する路線のグリーン車に席を確保し、車窓越しに見える学生の力走を観戦し声援を送る乗客が増えているという。
「箱根駅伝当日の駅伝区間を並走する東海道線のグリーン車はすごくにぎわって忙しかったよ」。グリーンアテンダントの同僚からそう聞かされた髙城さんは「鉄道の楽しみ方は本当に人さまざまですね。鉄道好きの方は私たちでは思いもつかない鉄道の楽しみ方を発明されます。すごいです」と感心する。
グリーンアテンダントとして順当なスタートを切った髙城さん。乗客の目線にしっかり気を配りつつ、車窓越しに見る同世代の箱根駅伝走者のひたむきな走りに、1人静かに心の中で声援を送る機会はいずれ訪れるに違いない。