中国人民解放軍が主体になり、パキスタンやカンボジアの軍隊に、新型コロナウイルスのワクチンを支援しているという。このワクチン外交は、中国軍の役割について大きな変化が生じていることを示している。
ワクチン外交が注目される中、中国国防部(防衛省)が重要なことを公表した。
2月7日、中国製造の新型コロナウイルスワクチンがパキスタン軍とカンボジア軍に届けられた。
これら軍隊限定のワクチン援助は、中国人民解放軍が無償援助の主体となっており、中国政府ではなかった。
パキスタン軍隊へのワクチンは中国人民解放軍が初めて外国の軍隊に与えたワクチンだ。
カンボジア軍へのワクチンは無償支援だけではなく、輸送も中国人民解放軍が担当した。
これらのワクチン支援行動は中国軍事委員会の許可を得て、中国人民解放軍が提供した、と国防部がわざわざ強調した。
軍隊がワクチン外交を直接行い、また自分の名義で他国に対して無償援助するのはこれまでにもなかったことであり、筆者は違和感がぬぐえない。
国営通信の新華社は自社が発行するウェイチャットニュースに「中国解放軍の以上の行動は初で、実に大したもので、このような中国はもう怖いものがない」とたたえた。
確かに新華社が報道していたように、中国人民解放軍の名義で他国の軍隊へ直接ワクチンを援助するのは中国でも初めてのことであった。普通はまず考えられない。
それはこのことに対する国内外報道の違いからもよく分かる。
カンボジア軍やパキスタン軍に対して中国人民解放軍がワクチンを援助した、と国防部が公表をしただけではなく、中国国内向けの報道でも解放軍をたたえる形で大大的に取り上げた。
劇的な変化
一方、海外向けの報道において国内報道と全くちがうのであった。
例えば中国国際放送日本語版がこの件を報道したとき中国人民解放軍の文言がなく、あくまでも中国政府がパキスタンとカンボジアに対して、ワクチン援助したと取り上げていた。
恐らく対外的に中国人民解放軍の強いイメージを隠したいのであろう。
しかし、近年において中国人民解放軍の役割は大きな変化が生じて、外交における重要度も増してきたことは事実である。
意図的に他国の価値観にあわすような中国対外報道にごまかされず、中国軍の役割における劇的な変化をしっかり見る必要がある。
巨大経済圏構想「一帯一路」戦略を打ち出してから、中国人民解放軍の役割は本質的な変化をしてきた。本来、国内安全保障の役割のほかに一帯一路のために「保駕護航(順調に進むように護衛する)」を加えた。
2015年5月に中国国防大学の教授、喬良氏が「一帯一路が中国人民解放軍を国境から遠征に出向くのを呼びかける」という文章を公表して、一帯一路は中国初のグローバル化で、中国企業が海外にいくとともに中国の軍隊も国外へ遠征して中国企業の安全をまもるべきだと論じた。
2015年の12月に中国初の海外基地となるアフリカのジブチ保障基地を建設すると公表され、国際社会を驚かせた。
その後、中国人民解放軍がひそかに海外へ拡張して、一帯一路への投資保護を理由に「世界各地で新たな軍事拠点を建設していく」とアメリカ国防省が2019年5月に報告書を公表した。また債務の罠(わな)を仕掛けて、投資を欲しがる国の港をコントロールし、軍港に転用するという報道も多くあった。
2020年になって新型コロナ感染の広がりで、世界経済が停滞し、中国の一帯一路戦略も影響を受けて停滞状態になった。
しかし、中国政府はまた健康の一帯一路戦略を打ち出して、こっそりと中国人民解放軍が世界における存在感を大きくみせた。
違う価値観を持つ国の反感をさけるため、あまり対外的に報道されないが、中国人民解放軍が中国の公共衛生用品の輸送やワクチン外交分野で大いに活躍している。
特に2020年5月の世界衛生大会で、習近平国家主席が中国の新型コロナワクチンが世界諸国の公共製品にして全世界人道主義緊急用品倉庫と中枢を中国で設けるなどを公言したあと、中国人民解放軍はさらなる活躍を見せた。
人類健康衛生共同体
国防部が公表したデータによると、昨年6月2~5日に、中国人民解放軍は20カ国の軍隊に向けて防護服など抗コロナ物資を運送した。
以前と違って単なる物資を運送しただけではなく、貨物の箱ごとに中国国旗と相手国の国旗が並列されたマークを貼って、中国語と英語で「友好」をうたう言葉が書いてあった。中国の軍隊も中国ソフトパワーの輸出に力を入れている。
中国外交部のスポークスマン汪文彬氏が記者会見を通して、次のようなことを公言している。
・中国はパキスタンなどの国に続いて、ネパールなど13の発展途上国にワクチンを提供している
・その次にさらなる38カ途上国のためにワクチン援助する予定だ。同時にモロッコを含めた7カ国に向けてワクチンを輸出した
・世界諸国へ向けて中国ワクチン輸出ために中国の関係企業を支援する
・それに関連をして、中国人民解放軍は人類健康衛生共同体を作るために、引き続き、積極的に貢献すると国防部が明言した
日本でも話題になったが、許可なしの中国ワクチンは日本にも流入してきて少数の人が注射を受けた。中国でも副反応を心配して60歳以上は注射禁止した製品だったので、日本の高齢者は気を付けるべきだろう。
これからも中国人民解放軍がどのように世界で中国特色のソフトパワーをもっていかに活躍するかにしっかりと目を向けるべきである。
今年3月に入ると、中国のワクチンが異常な形で話題になった。まず王毅国務委員兼外相は記者会見を通して、日本を含めて在外中国人のために「春苗(スプリングワクチン)」計画を公表した。つまり、在外中国人に打つための中国ワクチンを提供するという考えだ。
次に中国に行きたい日本人は中国製ワクチンを打つとビザ発給に便宜を図る、と中国共産党機関紙「人民日報」日本語版が伝えている。
このことは、中国に駐在する日本人の間でも話題になって、大きな懸念が示されているという。今後、中国人民解放軍の動向も含めて、中国のワクチン外交が日本人とは無関係とは言えなくなる状況が生まれる。日本政府はしっかりとウオッチしておかなければいけないだろう。
【筆者】
中国ウオッチャー
龍 評(りゅう・ひょう)
(KyodoWeekly3月29日号から転載)