家族の会話が、米大リーグ機構(MLB)のエンゼルスで活躍する大谷翔平選手の話題から始まることも珍しくなくなりました。大谷選手をはじめ、ダルビッシュ投手や菊池雄星投手らの日本の一流選手がMLBで活躍する姿は、うれしくもありますが、半面、一流選手の活躍の場が日本のプロ野球でないことには、一抹(いちまつ)の寂しさもぬぐえません。
大谷選手の年俸は、今年は日本ハムファイターズ在籍時と変わらない3億円余りですが、米国では格安とみられています。来年は、2年契約の2年目ですでに年俸6億円と決まっていますが、その後一気に上がることは間違いありません。
2023年以降の新たな契約では、今年の10倍に当たる年俸30億円超の複数年契約になるともうわさされています。ただ、これでもMLB最高水準には届きません。大谷選手のチームメートであるトラウト選手は、2019年に年俸40億円の12年契約を結んでいます。
日本プロ野球の年俸も徐々に高まってきていますが、最高額は今年日本に復帰した田中将大投手の9億円で、トラウト選手の4分の1にすぎません。平均年俸でみても、日本の1軍選手でおよそ1億円ですが、MLBでは4億円を超えています。
年俸の日米格差の一因は、放映権料やグッズ販売による連盟や球団の収入の差によるものです。まず、米国は日本の2・6倍の人口を抱え、国内ファンの市場が大きいことが挙げられます。ただ、国内市場の大きさ以上に、MLBが市場を世界に展開していることがより重要なポイントです。毎朝大谷選手の活躍をテレビで見られるのも、日本のテレビ局が放映権を買っているためです。
MLBの戦略は明確です。世界中から優れた選手を集め、最上のプレーを観客に提供し、放映権料やグッズ販売などによって世界中から収益を上げ、選手を集める原資とする好循環を生むというものです。そのため、MLBは選手の出身国に何ら制限を設けていません。今シーズンの開幕時には、1軍枠の選手の28・3%が外国出身で、出身国数は20カ国に及びます。
一方、日本のプロスポーツでは、日本人選手の活躍の場を確保するため外国人選手の枠を設けています。日本のプロ野球が、相応の処遇を用意し、世界最高の選手たちが集う場とならない限り、大谷選手のような一流選手がMLBに流出することは避けられません。
MLBの経営戦略は、典型的な米国のビジネスモデルを踏襲したものです。米国が世界経済をけん引する存在であり続ける一因は、人材や研究開発などへの巨額投資を背景に、世界中から優秀な人材が集まってくることです。
コロナ禍でワクチンを商業的にいち早く供給できたのは、優れた人材と巨額の投資を有する米国系企業です。いまやグローバル企業となったGAFAの発祥も、もちろん米国です。
大谷選手が一流選手に囲まれて楽しそうにプレーする様子を目にするたび、長期にわたりわが国が低成長に陥っている根源的な理由が想起されます。日本経済の発展には、世界の優秀な人材がこぞって日本を目指し、その才能をいかんなく発揮できる産業が必要なのです。
(日本総合研究所 調査部 上席主任研究員 藤波 匠)
(KyodoWeekly7月26日号から転載)