【コラム】父と息子の葛藤と和解 映画「ふたりのマエストロ」

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 生涯を賭して目指していた高み。ついにその場所への切符が手に入る、という知らせがもし誤報だったら。最悪な手違いで袋小路に追い詰められ、正面から向き合わざるを得なくなった父と息子を描いたフランス映画、「ふたりのマエストロ」(ブリュノ・シッシュ監督)が、8月18日からヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネ・リーブル池袋などで順次公開される。

 父親のフランソワ・デュマール(ピエール・アルディティ)も息子のドニ(イヴァン・アタル)も、フランスのクラシック音楽界で名を馳せる指揮者。同じ職業で切磋琢磨(せっさたくま)といえば聞こえがいいが、心の底にある競争心や嫉妬心で関係はぎくしゃく。ドニが賞を受賞しても、フランソワは素直に祝えない。そんな時、フランソワに一本の電話が。世界最高峰ともいえるミラノ・スカラ座の音楽監督就任の話だ。

 今度はドニが素直に祝えない。ところが事態は急変する。翌日スカラ座の総裁に呼び出されたのはドニ。音楽監督就任の話は同じ苗字を持つ自分への依頼で、父親への連絡は秘書の手違いだったというのだ。ドニは父親に真実を伝えねばならないが、フランソワは晴れやかな笑顔で心はすでにミラノに飛んでいる。ドニの役回りは地獄だ。

 見ながら思い出したのは、ヘブライ大学で教える父親と息子を描いた2011年のイスラエル映画「フットノート」。同じように、親を越えた息子が父親とどう向き合うかを描き、この映画の下敷きになっている。だが全体のトーンは今回のマエストロの方が明るく楽観的だ。唯一の消化不良は、ドニがフランソワに宛てて書いた手紙の内容が分からないこと。だがこの読めない“核心部分”こそが、息子から父親への、他人にははかり知れない愛情表現になっているのかもしれない。

 ラフマニノフの「ヴォカリーズ」、モーツァルトの「フィガロの結婚 序曲」や「ヴァイオリン協奏曲第5番」、シューベルトの「セレナーデ」など、誰もが知る名曲に彩られる88分。原題は「MAESTRO(S)」。複数のSがカッコに入っている意味は、スカラ座のシーンまでお楽しみ。